今日の講義は少なめだった。昼過ぎで既に今日の予定はすべて終わってしまった。
課題も講義中に終えちゃったし(ダメ)友達もバイトで忙しいし暇だなーー。
実は毎日霊界渡りをしているわけではない。俺も知らない謎のシフトで霊界渡りミッションは決められているらしい。まだ数か所しか行ってないが現世では季節が移ろいはじめるほど時が経っていた。
霊界渡りがないときはこないだルティウが教えてくれた、自分の夢の世界のプラットホームにいることが多い気がする。起きた後夢を覚えていないときも普通にあるし。
俺は親のおかげでバイトをせずに大学に通っていられるので、基本学問に勤しんでいるときと友達と遊ぶとき以外は暇だ。今から将来のために何かした方がいいのだろうか。まあ今は霊界渡りのバイトしてるけどね。
ああ、この世においてはなんの職歴や資格にもならないんだった。
ああいう仕事、あればいいのに。そしたら楽しいこともあるし、いろんな世界にも行けて見聞も広められる。俺のような何の夢や目標もない若者でも役に立てるし。
そういえばルティウは霊界渡りの仕事をなんかよくわかんない組織に所属してやってたな。
じゃあ俺もああいう仕事できるのかな、今度ルティウに会ったら聞いてみよう。
次彼女に会える日にわくわくしながら大学の周りを散歩して、ファストフード店でお昼を食べ、ついでに間食と晩御飯をテイクアウト。
休みの日みたいにサブスクを見ながらバーガーにかぶりつき、レタスとタルタルソースを机に落とした自分にイラついてからてきぱきと寝る準備をして寝た。
今日は霊界渡りがある気がする。愛しい彼女にも会える。
暖かい。この感覚、神様の温室だ。そういえば最近神様に会ってないな。
視界に移ったのはきらめく羽。ということは…
「ルティウ~!!」
俺はルティウに飛びついた。俺のダイブに気づいたルティウはジト目で宙に浮き、俺を回避した。レンガでできたタイルの床に頭を打ち付けたので痛いかも。
ここでは現実ほど明確な痛みはないが、衝撃は立派に感じられるのだ。
ルティウがジト目のまま羅針盤を開く。
「待って、ルティウ、聞きたいことがあるんだよ、ルティウがいた異界管理課って人間でも所属できるの?あとなんで所属してたとき今と目の雰囲気が違ったの?教えて!」
我ながら最近の俺はなぜなに坊やすぎると思う。生まれて初めてだ。こんなにいろんなことを知りたいと思うのは。
「…あんたに親しみを持ってもらうためにおじ神が私にエメラルドの瞳をつけてみせてるだけで、本当は全部黒目だよ。」
えーーーっ?!この象徴的な瞳はまさかのカラコン?!!
俺があまりの衝撃に口をぽかんと開けて固まっていると、それ以上に衝撃の事実がルティウの口から飛び出した。
「私リストラ。組織解体。なくなったの。知らない間に。」
「えっ……マジ?」
じゃあまずいこと聞いちゃったかなと焦ったのもつかの間、ルティウが小さくて可愛い唇をキュッと引き結んでから語りだした。
「…知らない間になくなってたの。事の経緯を知ってる人に訊いたら、組織がやばいこともやってたみたいで、証拠隠滅してトンズラしたっぽい。もちろん私たち道具はリストラ。もうあの仕事はない。けど私は翼があるから好きなところへ飛んでいける。もうミッションじゃなくなっただけで。でも…」
ルティウは羽を折りたたみ、肩を落として俺の右腕によりかかった。
「まったくあんたも見たでしょあの非情な上司ども、あんな冷酷なやつらだからこそ道具だった私たちを突然ポイ捨てできるんだよ!ひどくない?さすがにひどいよ」
俺は彼女がかわいそうだという思いと肌が触れ合っている状況に興奮する心とでごちゃごちゃになってしまっていた。ここまで弱みを見せてくれるようになったのか、ルティウ。俺のルティウ。
飼い主なんだからしっかり慰めないと。
よしよしと冠羽に触れ、「俺はそんなことは絶対しない飼い主だから安心しろ。」とかかっこつけてみた。
しょんぼり顔からルティウが怒りの表情に変わる。彼女は俺の腕を掴んで歯を食いしばりながら「私首から上触られるの嫌いなの」と腕ごと俺をふっ飛ばしたのだった。女の子って難ぃ~。
ルティウとぎゃいぎゃい騒いでいると自分たちの背後に何かあたたかな空気を感じた。
「神様!」
久しぶりに現れた神様はにこにこ笑みを浮かべながら「だいぶルティウと仲良くなったみたいだね。そのおかげで異界にもスムーズに行きやすくなっているね。」
俺は神様に褒められて純粋に嬉しかった。親や教師に褒められるより嬉しいかも。
神様はにこにこ笑いながら俺とルティウを呼び、俺たち三人はふかふかな椅子に座った。
「今日は神という存在について話しておこう。」
神様はそういうと柔らかい声で語りだした。
「君たち人間が信じている【神】には数種類あってね、まずは万物の創造神、根源の神ともいうんだけど、根源の神が宇宙という箱庭を作り、手ずから生み出した神々と他には超古代よりももっと昔の世界に暮らしていた人々が死後神になっているパターンもある。あとは宇宙と目に見えない次元の霊界という広い箱庭にあるたくさんの魂を神々が育てて、霊的に高いレベルに実った魂を神々の世界に召し上げて新しい神々を増やしていくパターンで神になった神もいるよ。」
つまり神とは大多数が魂のエリート集団である、と。
「そんな風に神を増やす根源の神の目的は自分よりも輝く魂を見出し、そこから自分の後継者を探すためで、そのために生きとし生けるものと全ての次元の存在に各々の魂を磨かせているんだ。箱庭の畑を耕すようなものだね」
神様は少し茶目っ気のある表情をし、少し宇宙の神秘に触れた。
「気が遠くなる事実だけど、僕らの根源の神が作った宇宙の外には別の根源の神が作った宇宙があって根源の神会議があってお互いの箱庭の成長度合いを共有するみたいでね、神である僕にとってすら遠い存在だよ~ほんと、それからその神会議のさらに上もあるとかないとか…ははは。新しい神々は遠い遠い昔からいる最上の神々のことなんて全然知らないんだ。根源の神の存在すら知らない神もいるしね。」
神様が思わず笑うほどの巨大なスケールに俺はすっかり気が遠くなり思考をやめていた。
神様は少し表情を変え「神の種類の話に戻るけど、根源の神派とか反対派とかその他諸々神々の中にもいろんな派閥があるから神が必ずしも完璧な存在とは限らないからね。そこは慎重につながる神を選んでね樹くん。」
と神様は少しきりっと眉を上げて俺にそう忠告した。
俺にとって神様は悪い神なんかじゃない。優しくてあったかい神様だ。しっかりと魂レベルで導いてもくれる。
「僕も生まれていないほど大昔の神の時代にいろんな派閥同士の大きな争いがあったんだ…。」
神様の顔に翳りが差した。
「この話は…直接君には関係ないけど神同士の戦争があったことは頭に入れておいてほしい。」
俺だけにそう言ったように見えた神様は一人だけ椅子から立ち上がり、ゆっくり数歩歩みを進めてピタリと止まり、こちらに振り向いて再び微笑し、自身が邪神と正神のどちらにも対応ができるハブみたいな機関にいると重要そうなことをさらーっと流れるように言い、
「今日は僕がした話に関係する世界を見に行ってくれないかい」と俺たちに依頼したのち温室の奥へと姿を消してしまった。
(神様見た目も中身もふわっとしててその上やんわりとすごいことぶちこんでくるんだよなあ、ハブみたいな神界の機関があるのか…)
まあそのことはいつか聞かせてもらえるかもしれないということで。あんまたかが人間が神界のことを根掘り葉掘り聞くもんじゃないだろう。とにかく俺にできることは神様の依頼をこなすだけだ。
いつの間にかふかふかの椅子から姿を消し温室の葉っぱをムッシャムシャ食べているルティウに声をかけ、俺たちは霊界渡りに出発した。
羅針盤を使いルティウと共に降り立ったのはおそらく日本だったと思う。でも俺のいる現世の日本ではないし、なんとなく古代の日本の気がする。
以前どこかで聞いたことがあるのだが、地球は何回も文明崩壊を起こしているという。ノアの箱舟も洪水も本当にあったらしく、神が大洪水で文明を破壊しその後再生した第七世界は今の地球の文明だというのだ。
今俺がルティウと共に立っているこの日本は圧倒的にノアの箱舟よりも前のn会目の文明だとなぜか俺は確信していた。
かなり近代に似た建物の集団が周囲を大きな山脈に囲まれた森の開けた草地に建っている。それら建造物は俺の認識レベルでは白く四角い三階建てくらいの団地で、深緑色の布などの洗濯物が干してあったので人が暮している形跡がある。
俺に見えている団地はたぶん本当の姿ではない。俺が分かるレベルへの置き換えの姿だろう。
団地の近くに緑の草原の公園があった。赤い鉄パイプのブランコだけが置いてあり、そこにはほどんどグレーヘアーで現代カジュアルな服装の初老の男性が乗っていた。
草や森の緑は青々と美しく、空は青く澄み渡り眼前に聳える山々が絵画のように美しい場所だった。
それなのにブランコに乗る男性は全身から無気力さが溢れていた。
俺を団地らしき場所からブランコに移動させてくれたルティウが話す。
「この人は今まで人生を無気力に過ごしてきたみたい。」
なるほどそれでこの脱力感か。ブランコに乗ってるのに一切漕ぐ気ないみたいだし。
すると男性は自分の目の前に聳えるある一つの岩山を見つめた。
ルティウが山の名前を教えてくれた。イトリ山。イトリ…?
待て。その名前はホツマツタヱで見たことがある。たしか神が降りて社を建てた山だ。
…ホツマツタヱのような著名な書物くらい自分で調べてくれ。
男性は山頂が緑と藤色に染まった岩山を憑りつかれたように見続けている。
俺も彼を見続けていると俺の心の中に男性の想いが流れ込んできた。
【あの山に登ってみたい】
それは無気力な男から湧いたとは思えないほどたいへん強い意志だった。
…
…
あれ?
いつの間にか俺とルティウは神様の温室に戻っていた。
あのあと、あの人はどうしたんだろう。
でもきっとたぶんイトリ山に登ったはずだ。だってあんなに強い思いだったんだから。
ルティウは俺を運んで疲れたのかお気に入りのかご編みベッドに寝転んでくあ~っとあくびをしている。
いつもありがとう。と気持ちを込めてくたくたで眠ってしまった彼女のふわふわの胸のほわ毛を撫でた。
ルティウは一瞬身体を強張らせたものの、気持ちよかったらしく目を細めて腰をくねくねさせた。よかった…。
「樹くん、おかえり」
「神様ずっといたんですか?」
俺がルティウとの戯れを覗かれたことを恥ずかしく思い頬を赤らめると神様は笑った。
ごめんごめんと神様は微笑み「どんなものを見てきた…?」と俺に訊いた。
神様がそんな風に俺が行った世界について訊くのは初めてだなと思いつつも俺はイトリ山とあの男性のことを神様に教えた。
神様は深く目を瞑り
「彼はその後山に登って神を降ろしたんだね。」
と何かを噛み締めていた。
あの男性は神様にゆかりのある人なのだろうか?
「強い力で山に呼ばれて自分の命を使って神を降ろし、イトリ山は霊山となった。その後魂はその大役から神界に召し上げられて珍重されたのか…」
神様はそう呟いた。
これは人が神になったケースだろうか。そういえば神が降りた山という点ではホツマツタヱに似ている…
神様は俺に顔を向け、見てきてくれてありがとう樹くん。と微笑んだ。
俺はぼんやりした意識で、さっき見てきたあの世界とその時代の文明に思いを馳せていた。
チュンチュン、チチチ
あ…朝か。
もう朝か。身体は疲れていないが正直寝た気がしない。その理由は現世では学生生活、霊界では偵察仕事に勤しんでいるからだ。今俺は少なくとも二つ以上の世界を行き来している。毎日ではないが現世と霊界といくつもの異界に行ったり来たりはなんだか疲れる気がする。
俺は異界管理課にいて霊界を移動し無数の世界に渡ってきたルティウのすごさを改めて感じていた。
第七話に続く…
お読みいただきありがとうございました!