■『中国はいかにチベットを侵略したか』 マイケル ダナム著 ■


妻、娘、尼僧たちは繰り返し強姦されまくった。
尊敬されている僧たちは狙いうちにされ、尼僧と性交を強いられたりもした。
拒否した僧のあるものは腕を叩き切られ、「仏陀に腕を返してもらえ」と嘲笑された。
大勢のチベット人は、手足を切断され、首を切り落とされ、焼かれ、
熱湯を浴びせられ、馬や車で引きずり殺されていった。
さらに高僧たちは「霊力で穴から飛び上がって見せろ」と嘲られ、挙句に全員射殺された。
おびえる子供たちの目の前で両親は頭をぶち抜かれた。


■中国軍がチベット人を無差別に射殺(日本語字幕付)■
6歳から10歳のチベット人少年僧を無差別に射殺する中国軍
●http://www.youtube.com/watch?v=RwDG-L7P7Zo&feature=related
●http://www.youtube.com/watch?v=fYinWeqihtE


■済南事件 昭和3年(1928)■


■中国兵による略奪陵辱暴行殺人事件。略奪被害戸数136、被害人員約400とある。
中国側も立ち会った、済南医院での日本人被害者の検死結果。


藤井小次郎
 頭および顔の皮をはがれ、眼球摘出。内臓露出。陰茎切除。
斎藤辰雄
 顔面に刺創。地上を引きずられたらしく全身に擦創。
東条弥太郎
 両手を縛られて地上を引きずられた形跡。頭骨破砕。小脳露出。眼球突出。
東条キン(女性24歳)
 全顔面及び腹部にかけ、皮膚及び軟部の全剥離。
 陰部に約2糎平方の木片深さ27糎突刺あり。
 両腕を帯で後手に縛られて顔面、胸部、乳房に刺創。助骨折損。
鍋田銀次郎
 左脇腹から右脇に貫通銃創。
井上国太郎
 顔面破砕。両眼を摘出して石をつめる。
宮本直八
 胸部貫通銃創、肩に刺創数カ所。頭部に鈍刀による 切創。陰茎切除。
多比良貞一
 頭部にトビ口様のものを打ち込まれたらしい突創。
 腹部を切り裂かれて小腸露出。
中里重太郎
 顔面壊滅。頭骨粉砕。身体に無数の刺創。右肺貫通銃創。
高熊うめ
 助骨折損、右眼球突出。全身火傷。左脚の膝から下が脱落。
 右脚の白足袋で婦人と判明した。
他の二体は顔面を切り刻まれたうえに肢体を寸断され、人定は不可能であった。
http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100901/p1






■文 化 大 革 命 当 時 の 中 国 の 人 肉 食 ■


『食人宴席―抹殺された中国現代史』 カッパ・ブックス
鄭 義 (著), Zheng Yi (原著), Ko Bunyu (原著), 黄 文雄 (翻訳)

【 無 抵 抗 な 一 般 人 が 人民解放軍や紅衛兵によって虐殺され「食われる」】

現在の日本でもかなり禁書の部類に入る。


滅多に手に入る事は無いが中国語版の1/3程度の内容に抑えられているそうでであるから
是非中国語を完全翻訳して見たいと思ってしまう。


とはいえそれでも内容的にはかなり衝撃的な物が多い。


中国の人喰いの歴史を知りたい人には必読では無いだろうか


龍祥大隊事件では被害者が小派で殺人者が生きている内に肝臓を取り出したが間違えて
肺を取り出したのでもう一度肝臓を取ろうとすると目玉がギョロリと動いた
→結構肺と肝臓を間違えると言う事はあったらしい
 


殺人者への質問。


「過去に喰った人の肝臓はかまどで焼いた方がおいしいですか
 あるいは煮た方がおいしいですか?」


「勿論焼いた方がおいしいし、香ばしい。しかし、生臭い事もある」


人を殺してもすぐは体内の血があついので、素手では内臓を取り出せない


殺される前に一言


「絶命するまで待ってくれ。性器は死んでから切ればいい」


→生きたまま切られる。


■文 化 大 革 命 当 時 の 中 国
【 無 抵 抗 な 一 般 人 が 人民解放軍や紅衛兵によって虐殺され「食われる」 】■



事件の一端が明らかになったのは、中国・広西省武宣県である。
ここだけで「殺され、迫害によって死んだ人間は524人、その内、食われた者は百数十人。
武宣県の食人者は推定1万~2万人にのぼる」。ここでは上からの犠牲者割り当てに応じて、
走資派や実権派をデツチ上げ、「まず批判闘争宣言があり、糾弾集会を行い、その後
生きているままに人肉を削ぎ、生きている人間が絶命すると、
人間の心臓、肝臓、胆嚢、腎臓、胸肉、骨髄、太もも、足、筋、・・人間の骨肉を切り取り、削ぎ取って、
それを煮たり、揚げたり、炒めたり、そして酒にゆっくりと漬けたりして、さまざまな調理方法で、
豊かな献立にしたのである。また<人肉宴会>では酒を飲み、杯を交わし、論功行賞をした。」、
「こうして食人の嵐がうずを巻き、集会があるごとに闘争があり、闘争があるごとに死者が出て、
死者が出れば、かならず食われ、惨劇が繰り広げられたのだ」。

『食人宴席―抹殺された中国現代史』 カッパ・ブックス
鄭 義 (著), Zheng Yi (原著), Ko Bunyu (原著), 黄 文雄 (翻訳)



■凌遅刑(りょうちけい)■


▲清の時代まで中国で行われた処刑の方法のひとつ。生身の人間の肉を少しずつ切り落とし、
長時間苦痛を与えたうえで死に至らす刑。
▲また、この刑に処された人間の人肉が漢方薬として売られることになっていたとされている。
▲なお、この刑罰は中国の影響を色濃く受けた李氏朝鮮(朝鮮王朝)でも実施されていた。
「金玉均」も暗殺された後、朝鮮政府によって遺体がこの刑に処された。写真も現存している
●http://turandot.ish-lyon.cnrs.fr/Event.php?ID=1
●http://chiquita.blog17.fc2.com/blog-entry-4775.html#more



■通州事件…盧溝橋事件発生から3週間後の1937年7月29日、
北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した■


其の五 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100929/p1


(衝撃的な内容ですので、気の弱い人は読まないでください)


■『通州事件の惨劇 (Sさんの体験談)-日本人皆殺しの地獄絵-』■


夫を生きたまま腹を切り裂き…「これはおいしいぞ、日本人の腸だ、焼いて食べろ」
…そうして、その妻である妊婦の腹を切り裂き胎児を取り出す


▲それはこの男の人の頭の皮を学生が青竜刀で剥いでしまったのです。
頭の皮を剥いでしまったら、今度は目玉を抉り取るのです。
このときまではまだ日本の男の人は生きていたようですが、この目玉を抉り取られるとき
微かに手と足が動いたように見えました。


▲目玉を抉り取ると今度は男の人の服を全部剥ぎ取りお腹が上になるように倒しました。
そして又学生が青竜刀でこの日本の男の人のお腹を切り裂いたのです。
縦と横とにお腹を切り裂くと、そのお腹の中から腸を引き出したのです。
ずるずると腸が出てまいりますと、その腸をどんどん引っ張るのです。
人間の腸があんなに長いものとは知りませんでした。十メートル近くあったかと思いますが、
学生が何か喚いておりましたが、もう私の耳には入りません。


▲そうしているうちに何かワーッという声が聞こえました。ハッと目をあげてみると、
青竜刀を持った学生がその日本の男の人の腸を切ったのです。そしてそれだけではありません。
別の学生に引っ張らせた腸をいくつにもいくつにも切るのです。一尺づつぐらい切り刻んだ
学生は細切れの腸を、さっきからじっと見ていた妊婦のところに投げたのです。


▲このお腹に赤ちゃんがいるであろう妊婦は、その自分の主人の腸の一切れが頬にあたると
「ヒーッ」と言って気を失ったのです。その姿を見て兵隊や学生達は手を叩いて喜んでいます。
残った腸の細切れを見物していた支那人の方へ二つか三つ投げて来ました。
そしてこれはおいしいぞ、日本人の腸だ、焼いて食べろと申しているのです。



※通州事件の惨劇 -日本人皆殺しの地獄絵-は、財団法人慧燈財団、前理事長であられた、
調 寛雅(しらべ かんが)氏著作『天皇さまが泣いてござった』より、氏のご子息様の
ご許可を頂き、引用掲載させて頂いております。

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【参考書籍】

「天皇さまが泣いてござった」

著者:しらべ かんが

教育社発行 定価1800円



■通州事件…盧溝橋事件発生から3週間後の1937年7月29日
北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した■



其の三 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100901/p1
(衝撃的な内容ですので、気の弱い人は読まないでください)


■『通州事件の惨劇 (Sさんの体験談)-日本人皆殺しの地獄絵-』■


▲そのときです。一人の日本人の男性がパアッと飛び出して来ました。
そしてこの娘さんの上に覆い被さるように身を投げたのです。恐らくこの娘さんのお父さんだったでしょう。
すると保安隊の兵隊がいきなりこの男の人の頭を銃の台尻で力一杯殴りつけたのです。
何かグシャッというような音が聞こえたように思います。
頭が割られたのです。でもまだこの男の人は娘さんの身体の上から離れようとしません。

▲娘さんの顔にはこのお父さんであろう人の血が一杯流れておりました。この男の人を引き離した
保安隊の兵隊は再び銃で頭を殴りつけました。パーッと辺り一面に何かが飛び散りました。
恐らくこの男の人の脳髄だったろうと思われます。そして二、三人の兵隊と二、三人の学生が
この男の人の身体を蹴りつけたり踏みつけたりしていました。服が破けます。肌が出ます。
血が流れます。そんなことお構いなしに踏んだり蹴ったりし続けています。

▲そのうちに保安隊の兵隊の一人が銃に付けた剣で腹の辺りを突き刺しました。
血がパーッと飛び散ります。その血はその横に気を失ったように倒されている娘さんの身体の上にも飛び散ったのです。
腹を突き刺しただけではまだ足りないと思ったのでしょうか。今度は胸の辺りを又突き刺します。
それだけで終わるかと思っていたら、まだ足りないのでしょう。又腹を突きます。胸を突きます。
▲暴虐無惨と申しましょうか。あの悪虐を言い表す言葉は
ないように思われます。この男の人は多分この娘さんの父親であるだろうが、この屍体を三メートル
程離れたところまで丸太棒を転がすように蹴転がした兵隊と学生達は、この気を失っていると思われる
娘さんのところにやってまいりました


■通州事件…1937年7月29日7月29日、
北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した■


■『通州事件の惨劇 (Sさんの体験談)-日本人皆殺しの地獄絵-』■


http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100730/p1
其の三 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100901/p1
其の四 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100915/p1
其の五 http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100929/p1



(衝撃的な内容ですので、気の弱い人は読まないでください)




▲そのうち日本人の家の中から一人の娘さんが引き出されて来ました。
十五才か十六才と思われる色の白い娘さんでした。
その娘さんを引き出して来たのは学生でした。そして隠れているのを見つけてここに
引き出したと申しております。その娘さんは恐怖のために顔が引きつっております。
体はぶるぶると震えておりました。


▲その娘さんを引き出して来た学生は何か猫が鼠を取ったときのような嬉しそうな顔をしておりました。
そしてすぐ近くにいる保安隊の兵隊に何か話しておりました。
保安隊の兵隊が首を横に振ると学生はニヤリと笑ってこの娘さんを立ったまま平手打ちで五回か六回か
殴りつけました。そしてその着ている服を
いきなりバリバリと破ったのです。支那でも七月と言えば夏です。
暑いです。薄い夏服を着ていた娘さんの服はいとも簡単に破られてしまったのです。


▲すると雪のように白い肌があらわになってまいりました。娘さんが何か一生懸命この学生に言っております。
しかし学生はニヤニヤ笑うだけで娘さんの言うことに耳を傾けようとはしません。
娘さんは手を合わせてこの学生に何か一生懸命懇願しているのです。
学生の側には数名の学生と保安隊の兵隊が集まっていました。そしてその集まった学生達
や保安隊の兵隊達は目をギラギラさせながら、この学生が娘さんに加えている仕打ちを見ているのです。
学生はこの娘さんをいきなり道の側に押し倒しました。
そして下着を取ってしまいました。娘さんは「助けてー」と叫びました。


■中国軍がチベット人を無差別に射殺(日本語字幕付)■
6歳から10歳のチベット人少年僧を無差別に射殺する中国軍
●http://www.youtube.com/watch?v=RwDG-L7P7Zo&feature=related
●http://www.youtube.com/watch?v=fYinWeqihtE


■盧溝橋事件発生から3週間後の1937年7月29日
北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した■


http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100730/p1


…「通州事件」 …


▲当時、天津歩兵隊長及び支那駐屯歩兵第2連隊長で、7月28日の南苑戦闘に参加した後、
30日午後通州に急行して邦人救援に当たった萱島高証人は凡(およ)そ次の如く証言した。
▲「旭軒(飲食店)では40から17~8歳までの女7、8名が皆強姦され、裸体で陰部を露出
したまま射殺されており、その中4、5名は陰部を銃剣で刺殺されていた。
商館や役所に残された日本人男子の死体はほとんどすべてが首に縄をつけて引き
回した跡があり、血潮は壁に散布し、言語に絶したものだった。」
 まさになぶり殺しではないか。
▲中でも悲惨を極めた旅館・近水楼での惨劇について通州救援の第2連隊歩兵隊長代理を
務めた桂鎮雄証人の供述は次の通り。
「近水楼入口で女将らしき人の死体を見た。足を入口に向け、顔だけに新聞紙が
かけてあった。本人は相当に抵抗したらしく、着物は寝た上で剥(は)がされた
らしく、上半身も下半身も暴露し、4つ5つ銃剣で突き刺した跡があったと記憶する。
陰部は刃物でえぐられたらしく、血痕が散乱していた。
帳場や配膳室は足の踏み場もない程散乱し、略奪の跡をまざまざと示していた。
女中部屋に女中らしき日本婦人の4つの死体があり、全部もがいて死んだようだった。
折り重なって死んでいたが、1名だけは局部を露出し上向きになっていた。
▲帳場配膳室では男1人、女2人が横倒れ、或(ある)いはうつ伏し或いは上向いて死んでおり、
闘った跡は明瞭で、男は目玉をくりぬかれ上半身は蜂の巣のようだった。
女2人はいずれも背部から銃剣を突き刺されていた。
階下座敷に女の死体2つ、素っ裸で殺され、局部はじめ各部分に刺突の跡を見た。
▲1年前に行ったことのあるカフェーでは、縄で絞殺された素っ裸の死体があった。
その裏の日本人の家では親子2人が惨殺されていた。子供は手の指を揃(そろ)えて
切断され ていた。南城門近くの日本人商店では、主人らしき人の死体が路上に放置
してあったが、胸腹の骨が露出し、内臓が散乱していた」



■通州事件…1937年7月29日、北平(北京)東方の通州で中国保安隊による
大規模な日本人虐殺事件が発生した■




女性は強姦されて陰部にほうきを刺されて殺害されている者、喫茶店の女子店員の
生首がテーブルの上に綺麗にならべられていた、斬首した女性に対する死姦、
腹から腸を出されて殺害されている者、針金で鼻輪を通された子供など、
日本人の平均的倫理観から見て殺され方が極めて異常かつ残虐であったため、
この様子が同盟通信を通じて日本全国に報道されると日本の対支感情は著しく悪化した






■『通州事件の惨劇 (Sさんの体験談)-日本人皆殺しの地獄絵-』


http://d.hatena.ne.jp/minoru20000/20100929/p1


▲ギャーッという悲鳴とも叫びとも言えない声が聞こえました。
中国保安隊の兵隊がニタニタ笑いながら、この娘さんの陰部を切り取っているのです。


▲この男の人は「助けてー」と叫んでいましたが、そんなことはお構いなしにグサリと男根を
切り取ったとき、この男の人は「ギャッ」と叫んでいましたがそのまま気を失ったのでしょう



▲それはこの男の人の頭の皮を学生が青竜刀で剥いでしまったのです。
頭の皮を剥いでしまったら、今度は目玉を抉り取るのです。
このときまではまだ日本の男の人は生きていたようですが、この目玉を抉り取られるとき
微かに手と足が動いたように見えました。そして又学生が青竜刀でこの日本の男の人のお腹を
切り裂いたのです。縦と横とにお腹を切り裂くと、そのお腹の中から腸を引き出したのです。
ずるずると腸が出てまいりますと、その腸をどんどん引っ張るのです。
人間の腸があんなに長いものとは知りませんでした。十メートル近くあったかと思います

▲妊婦の人がギャーという最期の一声もこれ以上ない悲惨な叫び声でした
お腹を切った兵隊は手をお腹の中に突き込んでおりましたが、赤ん坊を探しあてることが
出来なかったからでしょうか、もう一度今度は陰部の方から切り上げています。
そしてとうとう赤ん坊を掴み出しました。その兵隊はニヤリと笑っているのです。



■中国軍がチベット人を無差別に射殺(日本語字幕付)■


6歳から10歳のチベット人少年僧を無差別に射殺する中国軍
●http://www.youtube.com/watch?v=RwDG-L7P7Zo&feature=related
●http://www.youtube.com/watch?v=fYinWeqihtE


慌てて取り換えられた国連本部の「おかしな韓国国旗」



【ニューヨーク29日NEWSIS】 国連韓国代表部は、ニューシスが18日(以下、現地時間)に「太極」模様(中心部の赤と青の模様)が非常に小さく描かれた太極旗(韓国国旗)が国連本部前に掲揚されていると報じたのに関連し、19日に国連代表部が保管中の通常の太極旗を国連本部側に渡したことを明らかにした。


 国連本部前の掲揚台には加盟192カ国の国旗が掲揚されており、儀礼局が管理している。


 国連韓国代表部側は「太極旗を含め加盟国の国旗は国連本部が一括して管理しており、これについて国連から問い合わせを受けたことはない。国旗は通常、風になびいているため、太極模様が間違っているということに気付かなかった」と弁明している。


 だが、問題の太極旗はすでにかなり前から掲揚されており、一目で太極模様が通常より小さいことが分かる。このため、「国連代表部やニューヨーク総領事館は国の象徴である太極旗に普段から関心を払っていなかったのでは」と批判されても仕方がない。


 さらに、ニューヨーク総領事館(金慶根〈キム・ギョングン〉総領事)と国連代表部(金鉉宗〈キム・ヒョンジョン〉大使)は国連の反対側、45番街にある。オフィスから出て左を向きさえすれば、すぐに太極旗が目に入るのだ。


 総領事館の職員はパーク・アベニューにある窓口と韓国文化院を除いても、本館には20人以上が勤務している。国連代表部の場合、大使と次席大使2人、参事官8人、書記官15人など計29人、その上行政職員も24人いる。これほどの人数が毎日行き来しながら、正しくない太極旗について一度も指摘しなかったというのは理解しがたい。


 特に、今年は潘基文(パン・ギムン)事務総長の就任とともに、国連に対する韓国人の関心が大きく高まっていることや、国連総会が開幕した状況で、こうしたことが明らかになったため、国民からは批判の声が出ている。


 「おかしな太極旗」が国連本部前に掲揚されていると報道された直後、ポータルサイトの利用者たちは「国の恥さらしだ」「恥ずかしくて情けない」「韓国人が国連事務総長を務めているのに、何をしているんだ」などと一斉に書き込んだ。


 ID「SUNKIM2000」というネットユーザーは「国連本部には韓国人がいないのか。一体どこであんな物を作ったのか」と悔しがった。また、ID「SEMOZ」というネットユーザーは「太極模様がゆがんでおり、大きさも基準と違う。あれが太極旗ならペプシコーラのマークも太極旗だ」と皮肉った。


 さらに、ID「PSCHRIS」というネットユーザーは「太極模様をもう少し大きくし、師卦(四方の線状の模様)の位置を中心に寄せるべきだ。幼稚園生が描いたものでもあるまいし…」と開いた口がふさがらない様子だ。


 こうした中、在米韓国系コミュニティーからも「情けない」という反応が出ている。ニュージャージー州リッジフィールドパークに住むチョン・ジンスさんは「総領事館から目と鼻の先にある太極旗があれでは、一体何をしているのか。一般国民でもない、国を代表する人々が太極旗の間違いに気付かないとは情けない」と語った。


 またニューヨーク市フラッシングに暮らすミン・ビョンウクさんは「十数年前に国連本部の太極旗が逆さまに掲揚されていたのを一度見たことがあるが、韓国人が事務総長に就任した国連で、再び間違った太極旗が掲げられていたというのは、国際的な笑い物になるようなこと」と批判した。

NEWSIS/朝鮮日報JNS
http://www.chosunonline.com/article/20070920000047