お空から見てるかな。

お空から見てるかな。

待望の第三子の娘を2015年2月に生後55日で亡くしました…
起こった出来事が、頭では理解していても心が追いつかず…心の整理がつくように書き始めました。
長男、次男の様子も書いてます。
娘から教えてもらったことを忘れない為にも。

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7回目の命日に

2015年2月18日に長女が旅立ってからもう7年。

早いなぁと感じつつ、もう7年もこの気持ちと一緒に過ごしてきたかと思うと、多少この気持ちでいる自分を受け入れられているのかなとも思う。


月命日はずいぶん上手に過ごせるようになってきたと思っていたけど、やっぱり命日は同じ時間帯のことを常に思い出してしまう。

いつも通りの家事をしていても、何もしなくても7年経った今でも、あの日の自分の目で見てきたことを鮮明に映画でも観ているかのように頭の中に流れてくる。


ふんわり風船星

お兄ちゃん達を幼稚園へ送り、家事を済ませる。


次年度長男の入学準備のため、文房具屋さんで算数セットやら購入し、名前書き大変だなぁと思いながらいつもと同じ時間に病院へ。


NICUの看護婦さんから状態を聞きつつ、触れ合いタイム。

母乳を注入してもらい私に抱っこされて安定していた姿。


注入終了のタイミングでうんちをしたので泣き始める(気管挿管していたので泣き声はでないけど、表情とサチュレーションでわかる)

お尻をきれいにしている間も泣くのでサチュレーションが下がっていく。


看護婦さんも落ち着くよう付いてくれているが、オムツ交換終わって抱っこすれば大丈夫だろうと安易に思っていた。

下着を整えて、もう終わったよーと声を掛けたが、全身の肌の色がスーッと赤みが無くなり

クタッと力が抜けてしまうように見えた。


不快なことに対して敏感に反応していたので、いつものことかと思っていたけど、看護婦さんの様子はなんだか慌てていた。


オムツきれいになったよー。

もう怒らないでよー。とはじめは声を掛けていられたが、だんだん大事になっていく。

その様子に血の気が引いていく感じとともに心臓だけがバクバクと異常な音を立てていたのを覚えている。


私は一歩離れたとこでかろうじて立っていた。

途中看護婦さんから一旦席を外してもいいよと言われたが、私は首を振った。

私の見ていないところで万が一があってはならないし、何もできなくても思いが通じてくれるだろう、私の強い思いでこの最悪な事態から変えてやるとも思っていた。


急変して先生たちに囲まれて処置してもらっている姿。

心臓マッサージで蘇生してもらってる姿。

すごく見ていて痛々しかったけど死んじゃうなんて思ってなかった。

今どんな状態かも聞けずただ見てるだけしかできない私。

何も考えられないというより、このあと意識回復しても今日はこのままNICUから帰れないなぁとか思いながら。

ふんわり風船星



はぁ…ここまで言葉にするのに半日かかった。

次女がそばにいるので相手しながらニヤリ

たぶん私がどっぷり深いところに浸からないように長女がしてくれているんだろうなと思いながら。


続きはいつ書けるかわからないけど、記憶を残しておきたいなぁと思って。

いつかこの日の情景が薄れる日が訪れるのか、訪れてほしくないと思うけど。