「…飢えの雲、天を覆い、地は枯れ果て、人の口に入るものなし」

ああ、香君よ、救いたまえ…



いよいよ正体不明の虫によるオアレ稲の被害が広がる危機に直面する、アイシャ、マシュウ、オリエ達…人々が飢え、国力が弱まり、やがて、侵略される未来を、変えることができるのか。



植物は静かなもの…そう思い込んでいたが、とんでもない!!

植物は、人や虫や動物達に傷つけられると、「香り」を放って教えるのだ。



例えば、アブラムシに食べられると、香りを放ち、天敵であるてんとう虫🐞をよぶそうだ。



そこここにある、様々な植物たち、大樹から、道端の草木に至るまでが、毎日、そのような「香り」でのやりとりをしているそうだ。



人には、もちろん嗅ぎ取れないその「香り」。



それを嗅ぎ取ることができるなら…

その世界は、さぞ、賑やかだろう。人間の言葉と、植物の言葉が入り混じる世界…



でも、その特殊な能力をもつことによって、他人には理解してもらうことのできない、自分だけの世界に生きることになる。



「孤独」な世界…



アイシャは、そんな特別な能力を授かり、流転の果てに、「香君(こうくん)」と呼ばれる地位につく。代々、「香り」で万象を知り、民を助ける御言葉を発するとされる、生き神だ。



この物語りは、無論、ファンタジーなのだが、絵空事とは思えない、リアルさも持っている。



食糧が国を支える現実や、それをとりまく利権争い、政治家同士のパワーゲーム、自然科学の面から見ても、実際に、植物は様々な情報交換をしているという専門家の研究結果があるそうだ。



作者である、上橋さんは、それらに関する本を沢山読み、実際に研究者と話をして、細部にいたるまで校正を重ねて、この物語りを仕上げたそうだ。



説得力のある筋書きは、丹念な下調べがあったからだろうと、思わせる。



アイシャが、特別な能力をもつがゆえに、悩み、孤立し、迷いながら、周囲の優しさに支えられて、やがて、「使命」を理解し、「香君」として生きる覚悟をする。そんな、1人の人間の成長の物語りでもある。



他にはない、飛び抜けた才能というものがある。どの世界でも…身近なところでは、野球の大谷さん、将棋の藤井さん、スケーターの羽生さんなど…



他を凌ぐ、圧倒的な才能や、力を持った人達にも共通するのだろうと、思わせるアイシャの孤独。



しかし、同時に、才能に恵まれた者は、「使命」も帯びるのではないだろうか。



その使命を自覚して、孤独と共に歩み、その他の幸せのために、才能を惜しみなく使うこと…



そんな使い方ができる人々は、もしかしたら、とても少なくて、貴重な存在なのだろう。



そして、彼らから幸せをもらい、勇気をもらい、少しでも愛をもらえたなら、こちらも、惜しみなく、彼らに賛辞を送らなければならないはずだ。



なぜなら、彼らは、少なからず、身を捧げているのだから…そして、その代償として、少しでも「ありがとう」の言葉が聞けたなら、抱える孤独や、努力が報われたと思えるのではないか、と思うからだ。



また、フィクションであるこの物語りは、現実に起こっている飢餓の問題や、環境問題についても、考えるキッカケを与えている。



筆者より、ご興味があれば…と提案された本がある。この物語りを書くキッカケともなったものらしい。



ロブ・ダン著

「世界からバナナがなくなるまえに」


高林純示著

「虫と草木のネットワーク」


藤井善晴著

「アレロパシー」


松井健二・高林純示・東原和成編著

「生き物たちをつなぐ「かおり」エコロジカルボラタイルズ」



1人の少女を通して、自然の摂理を説き、人間もまた、その摂理の中で生きる小さな存在でありながら、生きることに喜びや、悲しみを感じる特別な存在でもある事を教えてくれる、とても、繊細で、且つ、スケールの大きな物語りだった。





「食」は国を、人々を支える力であり、宝。

その存在を、もっと大切に考えないといけないな…と、実感しました。