(前回からの続きです)
「あの子は足が速いから」「自分は体が小さいから」。こうした「遺伝」や「才能」によって結果が決まるという考え方を「決定論」と呼びます。
アドラーはこれに対し、「大切なのは何が与えられているかではなく、与えられたものをどう使うかである」と説きました。
「才能がないから勝てない」という言葉は、実は「努力して負けるのが怖いから、最初から才能のせいにして逃げたい」という目的を隠すための言い訳(人生の嘘)です。
- 足が遅ければ、誰よりも早く動き出す知性を磨くことができる。
- 体が小さければ、相手の近くに潜り込む俊敏性を武器にできる。
自分の持っているカードをどう組み合わせて、目の前の局面を打開するか。その「使い道」を考えることこそが、サッカーの醍醐味であり、自律した選手への第一歩だと考えます。
わたしの息子は早生まれ。そして親に似て身体が細い。
ゆえにフィジカルでは確実に劣る選手でした。小学生の時も下級生に吹っ飛ばされる始末。。(涙)
しかしだからと言って、
- 自分は早生まれだから
- 親のせいで身体が細いから
と言い訳していては何も変わることがありません。
「だからどうする?」という思考が重要です。
身体が細いならその分、
- 人より自主練習をして技術を身につければいい。
- 人より試合を見て、知識を身につければいい。
やれることはいくらでもあるわけです。
自分の目的が「サッカーが上手くなりたい」ならば、いくらでも上手くなれるものはあるわけです。
プロ選手を見れば分かりますが、全ての選手が180センチ以上の身長で、筋肉モリモリなわけではありません。
ひとりひとり、自分ができることをやってきたから今の地位がある。そう思います。
(次回に続きます)
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