3.11

8年前私は宮城県仙台市に住んでいました。
地震があったその瞬間、アルバイト中でした


ものすごい揺れで
何が起きてるのかわからなくて現実味がなくて

ただひたすら近くの壁につかまっていました

揺れてる時間はすごく長く長く感じて
本当に何が起きたかわからなくて。


そこからすぐ近くの大きな公園に避難しました。
すごい人でごった返していました。


寒くて寒くて吹雪いている日でした。





帰宅すると停電。ガス水道ももちろんストップ
一人暮らしの私はどうしたらいいかわからなくて
携帯も繋がらなくて。
その間も何度も何度も余震。



部屋にいるのが怖くて外に出ました
薄暗い外。信号機は落ちているものもありました。

木も倒れていたしなんか映画の中みたいな感覚


近くのコンビニは長蛇の列。
一応私も並びました。「あ、食料と水分が必要なのか」と。こんな経験なかったから。




店員さんも家に帰りたかったに違いないのに
懐中電灯の明かりでハンディで計算して店の物を売っていました。

完全に出遅れていた私が買えたものはじゃがりこ1つと黒ウーロン茶のペットボトル一本のみ。






1週間しないでバスが動くようになり実家に帰りました。実家近くのコンビニも品薄だったけど、不便はありませんでした。





ブログに軽々と書いていいかわからないけど、、
私の友人のお母さんとお婆ちゃんは津波で流されました。ずっと行方不明だったけど数週間して2人とも遺体で見つかったそうです。


私のバイト先の上司も津波で流され
だいぶあとに遺体で見つかりました。


友人はお母さんとお婆ちゃんが行方不明の間ずっと泣いていました。
私がいつも近くにいたのに何を言っていいのか全く浮かばず。

なんにも声をかけてあげられない
無力でした。




その後友人とは連絡を取っていません。





元気かな。幸せでいるかな。
今日以外は笑っててほしい。



震災のことは絶対に忘れられない。
私の周りの多くの人が悲しい思いをして
今ももちろん抱えて生きていて


平成が終わって新しい時代
大きな災害が起きませんように


毎日家族と笑って生活出来ていることに
心から感謝しながら。





どうか一日も早く被災された多くの方が心穏やかに過ごせる日が来ますように。