- 前ページ
- 次ページ
2011年3月11日
幼稚園の卒園を間近に控えた日、とてつもなく大きい地震がありました。
翌日、自宅から40kmのところにある福島第一原発で水素爆発が起きました。
地震の混乱で、あのときはこんな状況になることを容易に想像ができませんでした。
あの日、前日まで風邪で幼稚園を休んでいたみう
まだ本調子でなく、いつもなら行きたくないと言うのに幼稚園に行きました
幼稚園最後のおとうばんだったんです。
そしてわたしは、幼稚園役員最後のおしごとでお誕生会の買い出しに行き、
海の目の前のお店で最後のしごとお疲れ様~ってランチをしました。
津波があと2時間早くきていたらと考えると
本当に寒気がしました。
みうは幼稚園から帰ってくると熱があり、地震後の夕方には40℃になっていました
本当にパニックになりました
水道もでなくて
スーパーには長蛇の列ができて
みんながパニックになっていました
原発の問題は日に日に悪化しました
朝から晩までニュースを見ていました
目覚めたとき、状況が急展開していたらどうしようと思うと
眠るのが怖くて
夜中までニュースを見て、起きたらすぐにニュースをチェックしました
本当に恐怖でした
明日どうなるかわからないという不安
断水は続き、みんなが疲れていました
あれからもうすぐ3ヶ月が経ちます
原発問題は落ち着くことも無く相変わらず不安な生活を送っています
ただ、わたしが住んでいるいわきは避難地域にもなっていなければ
こどもの屋外活動を制限されることもなく
見えない放射性物質に不安を抱えながらも震災前と大差ない生活に戻りつつあります
でも、これでいいのか
わたしの選択は間違っていないのか
みうの将来を守れるのか
毎日葛藤しています
今まで、10年後の生活をぼんやりと想像できていたけど
この震災、原発事故があって、一年後も見えない状態になりました
こどもたちの未来が明るいものでありますように
この笑顔をこわさないように
ただただ毎日そう願わずにはいられません
そのために顔をあげて
しっかり前を向いて
不安でも手探りで進んでいくしかないんです
人生の中で、頑張らないといけないときがたまにある。
今がそのとき、頑張る時なんだ
家族と、友達と、みんなで頑張って乗り切らないと
こどもたちをまもるために
10年後、20年後にみんなが笑顔でいられるように
幼稚園の卒園を間近に控えた日、とてつもなく大きい地震がありました。
翌日、自宅から40kmのところにある福島第一原発で水素爆発が起きました。
地震の混乱で、あのときはこんな状況になることを容易に想像ができませんでした。
あの日、前日まで風邪で幼稚園を休んでいたみう
まだ本調子でなく、いつもなら行きたくないと言うのに幼稚園に行きました
幼稚園最後のおとうばんだったんです。
そしてわたしは、幼稚園役員最後のおしごとでお誕生会の買い出しに行き、
海の目の前のお店で最後のしごとお疲れ様~ってランチをしました。
津波があと2時間早くきていたらと考えると
本当に寒気がしました。
みうは幼稚園から帰ってくると熱があり、地震後の夕方には40℃になっていました
本当にパニックになりました
水道もでなくて
スーパーには長蛇の列ができて
みんながパニックになっていました
原発の問題は日に日に悪化しました
朝から晩までニュースを見ていました
目覚めたとき、状況が急展開していたらどうしようと思うと
眠るのが怖くて
夜中までニュースを見て、起きたらすぐにニュースをチェックしました
本当に恐怖でした
明日どうなるかわからないという不安
断水は続き、みんなが疲れていました
あれからもうすぐ3ヶ月が経ちます
原発問題は落ち着くことも無く相変わらず不安な生活を送っています
ただ、わたしが住んでいるいわきは避難地域にもなっていなければ
こどもの屋外活動を制限されることもなく
見えない放射性物質に不安を抱えながらも震災前と大差ない生活に戻りつつあります
でも、これでいいのか
わたしの選択は間違っていないのか
みうの将来を守れるのか
毎日葛藤しています
今まで、10年後の生活をぼんやりと想像できていたけど
この震災、原発事故があって、一年後も見えない状態になりました
こどもたちの未来が明るいものでありますように
この笑顔をこわさないように
ただただ毎日そう願わずにはいられません
そのために顔をあげて
しっかり前を向いて
不安でも手探りで進んでいくしかないんです
人生の中で、頑張らないといけないときがたまにある。
今がそのとき、頑張る時なんだ
家族と、友達と、みんなで頑張って乗り切らないと
こどもたちをまもるために
10年後、20年後にみんなが笑顔でいられるように

