私の母はいわゆるお嬢様
呉服屋の娘
5人兄弟の三女として生まれた
お家柄なのか、考えは常に固い
一般的な考えや常識を気にする人
他界した父は田舎育ちで6人兄弟の長男
中学卒業後、大きい市に仕事に出てきた
働きながら夜間学校へ通い、国家資格を取り会社を立ち上げた苦労人
兄弟たちが中学卒業後、自分のアパートに住まわせそれぞれ学校に通わせた
父の母、つまり祖母は自慢の息子で可愛くて
そんな父とお見合いをして結婚が決まった
いつの時代も変わらないアレ
嫁姑問題+小姑問題
祖父が他界してから、同居する事になった
毎週末になると兄弟夫婦やその子どもたちが泊まりにくる
ご飯や寝床など全て母
帰る時は「兄ちゃん、母ちゃんありがとう」
いやいや、母は家政婦か?
毎週来て夜中まで宴
そりゃ子どもできないよね
子どもができず諦めていた時に、知り合いの方から話があったそうだ
「もうすぐ離婚されるご夫婦に赤ちゃんが産まれるんだけど養子にどうか」と
悩んだ末に養子に迎える
それが私だ
生まれてすぐに養子には出来ない
生後6ヶ月くらいでここにきた
当然写真はその頃からしかない
抱いた瞬間、我が子と思ったそうだ
祖父母は私に対してとても良くしてくれた
祖母は田舎でも地主の娘
祖父は婿養子
私のお披露目の時に、養子なのは事実にも関わらず
みんなには有無を言わせないで「この子は長男の子だ」と言ったそうだ
この祖母の一声があったお陰で、誰も私が養子だと言う人がいなかった
私が事実を知ったのは、結婚する時に戸籍謄本を取り寄せた時
仏壇に封筒に入ったまま置いてあって、全く気にしないでいた
そう言えば謄本と思った時に頭の後ろから「開けて見てみなさい」と声がした
両親に似ているところがないしおかしいなと思う事はいっぱいあったけど、そんなものなのかなと流していたところはあった
謄本を見て衝撃とやっぱりねの感情がグルグル
母に電話して聞いた第一声が「何で見ちゃったのー?」だ
テンパっていたのだろう
いやいや、仏壇にずっと置いてましたよ
それからすぐ家に来て「今まで黙っていてごめんなさい」と言われた
私は素直に「今までありがとう」と言った
父は私が1年生の時に他界して、母と祖母で育ててくれた
胃癌だった。
母は父の会社を引き継いで経営していたけど、国家資格はないし男社会で大変だったと思う
仕事や嫁姑問題のストレスが常あったせいか、そのはけ口が私にきた
学校に送ってもらう車内はいつもお説教の場だった
何かするにも頭から抑えられる事もしばしば
これは私にとってもストレス
小学生にして胃炎と貧血
まだ言い返せない年頃なので辛かったなぁ
だけど私も成長するのだよ
反抗期と思春期を迎える