全国各地の災害支援の方にお礼を言いたいと思います。
結構前に消防士さんにお礼を書きましたが、実は私が東北学院大工学部で見かけた消防士さんは長野県の方々でした。
本当に失礼しました。
混乱状態の私は間違えて覚えていましたが、子どもたちはしっかりと覚えていたみたいで、最近子どもたちに教えてもらい思い出しました。
長野県も被災したにもかかわらず、早くから応援に来てくれた事に大変感謝します。
本当にありがとうございました。
連日、出動以外の時に工学部で消防車の脇で休息をとる皆さんの疲れきった様子はきっと一生忘れません。
毎日毎日、何度も何度もサイレン鳴らして出動していたのは、余震のたびに津波の警戒に出動していたのでしょうか?
あんなに疲れきってまで私たちの為に頑張ってくれたと思うと、いくら感謝しても足りないくらいです。
震災直後から交通事情の悪いなか多賀城に駆けつけいただき余震や津波の危険をかえりみず私たちを守ってくれた皆さんや、被災地に出動した隊員さんを送り出していただき長野県で帰りを待っていた家族の皆さんには、どうしたら恩返しが出来るのかわかりませんが、本当にありがとうございます。
次に、ガス会社の皆さんにお礼を言います。
ありがとうございます。
1ヶ月くらいでの復旧は難しく、いつ復旧するか見通しが立たない状態だった仙台市の都市ガス。
新潟からのパイプラインで復旧出来る事になり、全国各地のガス会社の方々が復旧隊として来てくれました。
私の家には東京ガスの方。
友達の家には四国ガスの方が来てくれました。
全国各地から来てくれた復旧隊の皆さんと新潟ガスのおかげで約1ヶ月ほどで都市ガスが復旧しました。
もしも、復旧隊や新潟ガスからの供給がなかったら私たちはいまだにガスの無い生活を送っていたと思います。
我が家をはじめたくさんの方々が、ガスが使えないと給湯器が動かない、お風呂もシャワーも使えない、料理もホットプレートや電子レンジやカセットコンロしか使えないという生活をずっと続けていたと思います。
ガスのほかにも、電気水道の復旧にも全国各地から応援が来てくれたし、給水支援にもいろいろな市町村の方々が来てくれて本当に有り難いです。
ライフラインが1つでも寸断すると生活がこんなにもツラくなるとは震災まで、頭で分かっていた気になっていましたが、身を持って体験すると想像していた以上にツラかったです。
皆さんのおかげで私の住んでる所は約1ヶ月ほどでライフライン全てが復旧しました。
これからは、大切なライフラインの全てを無駄遣いしないように生活していきます。
本当にありがとうございました。
最後に、未だに信号が動いていない交差点で交通整理をしてくれている神奈川県警の方々。
長期にわたる支援ありがとうございます。
皆さんのおかげで、事故が起きないと言っても過言ではありません。
いつになったら信号が復旧するのか全然分からない状態のなか、毎日毎日交通整理ありがとうございます。
そして、明日も交通整理よろしくお願いします。
以上、私が今さらながらお礼を言いたかった方々へのメッセージでした。