震災当時から、多賀城には各地からたくさんの人々が支援に来てくれています。
初めて災害支援車両を見たのは確か12日。
避難所の文化センターから自宅まで帰る途中に、学院大学工学部の敷地を通っていたんだけど、その時にたくさんの消防車と待機している消防隊員さんを見ました。
多賀城の消防署の人が避難してきてるのかと思ったら、なんと!消防車には神戸市消防局と書いてあった!!(もしかしたら他県だったかもしれないけど、今は神戸だったように覚えている)
私はびっくりした。
朝起きると文化センターの東側からすごい煙が上がっていて本当に怖かったので、地震の次の日に早くも神戸からたくさんの人が来てくれてる…それだけで泣きそうになるほど嬉しかった。
余震が起きるたびに、消防車はサイレンを鳴らして走りだす。
火災が起きればすぐに消防車がサイレンを鳴らして走りだす。
消防隊員さんたちは大忙し。
14日か15日に待機している消防車の近くに座っている隊員さんたちを見かけた。
すごくぐったりして、疲れてる様子だった。
その姿を見て子どもと一緒に「うちらのために頑張ってくれてるから疲れてるんだね…」と話をした。
いつからか覚えてないけど、消防車の待機所が変わったみたいで、たくさんの消防車と隊員さんは見ることがなくなったけど、今でも隊員さんには感謝している。
あなたたちが工学部にいてくれたおかげで、安心できました。
あなたたちが工学部にいてくれたおかげで、みんなに支えられてると感じました。
あなたたちが工学部にいてくれたおかげで、疲れた様子を見せてくれたおかげで、大変なのは自分たちだけじゃない、わざわざ来てくれた人たちも頑張ってくれえてるんだから、自分も頑張ろうと思いました。
あなたたちが工学部にいてくれたおかげで、地震の時に一人でいてとても怖い思いをして暗くなっていた二男が大好きな消防車を見て喜んでいました。
本当に本当にありがとうございますって言葉では言い表せないくらい感謝しています。
遅くなってしまいましたが、本当にありがとうございます。
この恩は一生忘れません。
最後に、これはどこの消防車かわからないんだけど、自宅に戻って数日が過ぎた日に、水道部に二男と二人で水をもらいに行った帰りに、水道部の坂を下りた時に見かけた消防車に二男か手を振った時に、笑顔で手を振り返してくれた運転手の隊員さんへ。
二男が興奮気味に喜んで「消防車の人が手を振ってくれた!!」と喜んでいました。
どうもありがとうございます。