明治生まれの最後の方がご他界された。

とニュースに接しました。

拙者が物心ついた頃には、まだまだ明治生まれの方々が張り切っていた時代でした。

身近な明治のご夫妻がいらっしゃいました。

お惣菜店をご夫妻で開いていたのです。

矍鑠と厨房で調理に勤しむ背筋のピンとされたおじいさん。

和装に糊付けのピンとした純白の割烹着の奥方様が売り子でレジ係で。

清潔なタイル張りの店内。

入り口には、愛らしいデメキンの舞う水槽。

お店の奥の冷蔵庫は大きな木の扉だったような記憶があります。

コロッケ

一個十円でしたか。

じゃがいもとちょっと豚ひき肉の入った熱々コロッケは、子ども時代のディナーのメインディッシュでした(笑)

マカロニサラダ

おいしかったなあ。

ポテトサラダ

これは後々洋食店で務めた際に味の再現に挑戦して大成功でした。

お店に出しましたよ。

明治のおじいさんのレシピなのは秘密です。

甘酢あんの肉団子が大好きでした。

十個で35円でしたか。

忘れてはいけないポテトフライ。

蒸したじゃがいもを小口切り。小麦粉と卵を通してパン粉をつけてからりと油で揚げます。

これ、ウスターソースで食べます。

10個で二十円でした。

!拙者の味の原点は明治の洋食かもしれませんねえ。

もう一つ。

これは近所の駄菓子屋さん

明治生まれのおばあさまがマダムです。

このお店は、秋から春の毎週金曜日には、店先に、赤い旗が立ちます。

おばあさま特製のおでんの日なのです。

幼稚園児の拙者は、帰り道に赤い旗を見るとおでんをせがんだようです。

30円でたくさんいただけたように記憶します。

拙宅の両親はそうした方々の行く末を教えてくれることはありませんでした。

自分で興味を持つべきだったのです。

それぞれの生き様をそれぞれの場所で生きる。

さすがに人生に十分な時間があるとは言えなくなってしまった拙者に、子どもの頃に出会った明治に人々が去来するのでした。

恥ずかしくない生き様を

もう一回

目指しましょう。

春の嵐の午前中で桜舞い散る。

というか散り散りの様子ですか時にはゆっくり花見をしてみたいものです。

心臓の検査でした。

次週の健診日が楽しみです。


この数年

眼底出血

糖尿病

心筋梗塞

と付き合いの長い病院のカフェテリアで一服。

が定期的な習慣になっています。

トーストしたパンに具沢山。

お母様方が注文ごとに作って下さるのです。

入院中には、おいしい紅茶だけでもいただきました。

ちょっと割高ですが。

カフェテリアのお母さま方のお気遣いに

ホスピタリティを感じながら


パリパリサクサクモグモグ

いただきました。