子連れ狼のカジノ旅

子連れ狼のカジノ旅

平日は40代平社員、土日はクレイジーギャンブラー。

※フィクションです


子どもは、親の言葉より行動を見て育つ。

これはきれいごとでも理論でもなく、たぶん事実だ。


「こうしなさい」と言わなくても、「それはやめたほうがいい」と説明しなくても、親の選択と、その結果を、子どもは静かに見ている。



親は教師であり、反面教師でもある


人はたいてい、自分の親の一部を教師にし、一部を反面教師にして生きている。


だったら、最初から反面教師になり得る姿を、隠さず見せてしまえばいい。そう思うようになった。




カジノで負けた夜の話


ある日、カジノでバンクロールの10万円負けて家に帰った。額よりも負けたな今日は。という感覚だけが残る。


家に着いて、頭を抱えて「やばい……」と、少し大げさなくらいのダメな演技をした。


説教するつもりも、教えるつもりもない。

ただ、正直な感情をそのまま出した。


すると、子どもがこう言った。


「パパ、今月はカジノ我慢しようね。

わたしも課金、我慢してるよ」


胸にきた。





説教より、背中の方が強い


「ギャンブルは良くない」

「お金は大切にしなさい」


そんな言葉を使わなくても、たった一度の負けた背中で、全部伝わってしまった。


共感で返してきた。


ああ、ちゃんと見てるんだな、と思った。

このまま負けてる姿だけ見せればいけばギャンブルを嫌いになってくれるんじゃないか。




人間くささを見せるという選択


完璧な親像を見せることも、確かに大事だ。

でもそれだけだと、子どもは「失敗できない大人」になる気がする。


親が人間であること。間違えること。

我慢すること。後悔すること。


それを隠さず見せることで、子どもは「失敗しても戻ってこれる場所」を持てる。





オヤジの背中は、正解を教えなくていい


親の役割は、自分が思う正解を押しつけることじゃない。選択と結果を、できるだけリアルに見せることだと思う。


そのままの背中を見せていく。


それが、今の自分なりの「オヤジの背中」だ。




という事で、娘が寝ている間にカジノに出かけます😷🎰