つづきです







あの日、かずから向けられた冷たい視線。
明らかな拒絶をうけ、おれはすっかり塞ぎ込んでいた。

もう…
髪を切るという口実さえも、通用しない。

…潮時、なのだろうか。

かずだって、道端でひとり泣いていたような幼い子どもではない。おれが守ってやらなくちゃなんて、それこそ余計なお世話だろう。

それでも…かずに必要とされなくなった自分自身が、この先どこに向かえば良いのか、いくら考えても答えが出なくて。
ただの幼馴染の兄などという、中途半端で微妙な立ち位置が恨めしくもある。

かずからの着信が表示されることのないスマホを眺めては、今日も盛大なため息をついていた。


「ただいま」

「あ…潤、おかえり」

「あれ?いたんだ。バイトは?」

「…これから行くよ」

「ふーん?なんだか辛気臭い顔して。
智もさ…グズグスしてないでカズに電話でもすればいいじゃん」

「そんな…簡単なことじゃねえんだよ」

「そう?俺には簡単なことにしか思えないんだけど」

「………」


制服姿の潤を見上げた。

しっかりと筋肉もつき、身長も伸びた。
俺がいうのもなんだけど、整った顔立ちで心根も真っ直ぐ。すごく良い男に育ったと思う。

かずも潤も…
おれの後ろを追いかけてきたガキの頃とは違うのだと、しみじみと思う。


「なんか…今の智、かっこ悪いな」


ため息混じりにそう言うと、潤は踵を返して背中を向けた。


……その背中に、ランドセルはもうない。


身に纏っているのは、少し前までおれが着ていたのと同じ制服だ。

3つの歳の差。
それは決して縮まることはないけれど、今のおれたちにとっては…そんなに大きなものか?

高校2年のかずと、専門学校生のおれ。

大人と表現するにはまだ未熟かもしれないが、学生生活の中で、お互いそれなりの経験値を得たと思う。

かずももう…
自分自身で判断ができるだろう。

そもそも、髪を切るなんてのは口実であって、本当はかずの側にいたかっただけ、なんて…
おれが気持ちを伝えたら、あいつはどんな顔をするだろう?
これまでにも何人も彼女がいたみたいだし、男からの告白なんて嬉しいはずもないだろうが。
あいつの態度を見る限り…もうすでに嫌われているんだから、これ以上嫌われたところで痛くも痒くもない。


「……潤、頼みがあるんだけど」


ずっと胸の奥に広がっていた
重い鉛のようなモヤモヤは嘘のように消え

これまでにないないほど、思考がクリアになっていた。




つづく




miu