つづきです






美容師の専門学校に通い始めると、そこは想像以上に忙しかった。
授業はもちろん、校内ショーやコンテストへの参加、各種研修などでスケジュールはびっしり。ただでさえ慣れない環境で必死だった。
それでも数ヶ月が経ち、やっと落ち着いたところで…

かずからの連絡が途絶えていたことに、今更ながら気づいた。

…え、最後に髪を切ったのはいつだっけ?
4月には…切ったよな。その後は?

慌ててスマホを開き「次はいつ髪切る?」と、かずにメッセージを送ってみたが、既読になることはなかった。
電話も…
呼び出し音はするものの、それだけ。
偶然会えないかとマンションのエントランスでウロウロしてみたが、あまりにも不審だったようで母親にやめろと叱られた。

直接かずの家に行ってみようか…
そう悩んでいたところに潤が帰ってきた。


「ただいまー」

「あ、潤!あのさ…かずはどうしてる?メッセージ送っても返信なくて」

「あー…あいつ、彼女ができたからかなぁ?最近付き合い悪いんだよ」

「……へぇ、そう」


よく考えれば分かることだった。
いわゆる男らしいというタイプではないが、かずのようなキレイな顔立ちを好む女の子は多いだろう。

そっか。
彼女ができて、おしゃれにも気をつかうようになった?
以前とは違い、服や髪にも金をかけるようになったのだろうか。


唯一だった、自分の存在価値を見失って…
おれは目の前が真っ暗になった。


それまで必死に学んでいた専門学校だったが、この件以来…張り詰めていた糸が切れてしまったように身が入らなくなった。

とはいえ、決して安くない入学金や授業料を出してくれた親に今更やめるとも言えない。
まぁ…資格は持っていて邪魔にならないから、できれば美容師資格だけはとっておきたいとは思う。
抜け殻のようになりながらも、必要最低限の授業だけは出席していた。

ただ、やはり今までほどの熱心さはなくなり、積極的に参加していたショーやコンテストには参加しなくなった。技術を磨くという意味では有益だが、実際の資格取得には関係ないからだ。
おれは少しの暇を持て余すようになり、その時間をバイトに費やすようになっていった。

そんな日々の中、バイト先のカラオケ店で懐かしさすらある少し高い声が響いた。

ずっと…聞きたかった声。

顔は見えなかったが、間違いない。かずだ。
おれは、注文された軽食をトレーに乗せると急いで部屋に向かった。

ドアの前で深呼吸する。
…変に緊張している自分が、なんだかおかしかった。

ノックして、ドアを開けると…
少しばかり身じろぎをした彼と目が合った。
かずに絡みつくように寄り添っている女の子も、続けてこちらに視線を向ける。

「かず?」

思わず疑問系になってしまったのは、髪色が随分と変わっていたから。明るい茶色は彼の琥珀色の瞳とも良く合ってる。
カットも…
おれがしていた時とは違い、流行りの形だ。


「あれ?智くん?!やだ久しぶり♪
なになに?ふたり知り合いなんだ!!」

突然名前を呼ばれ、視線を向けた。
…ん?どこかで見たことあるような。
かずに絡みつく蛇のようなその姿に、朧げな記憶が蘇った。
あぁ、少しの間付き合ったような気がする。
あまりにもしつこく誘ってきたから、嫌気がさして別れたんだ。

「相変わらずだな」

思わず本音が口をつく。
本当に変わっていない…というか、成長しないのだろうか。

確か…おれよりも二つ年下だったよな?
同じ高校だったから、今はかずの一学年上ってことか。
付き合っていた頃は、おれの好みに合わせてショートカットにしていた髪だったが、今ではすっかり伸びている。

こうやって並んでいるところを見れば、かずと彼女…
似ているところなんて何一つなかった。

それでも、かずが恋人に選んだ彼女には
おれにはわからない魅力があるんだろうか?

ふたりの姿を見ているのが辛くて…

おれは、この部屋を立ち去った。



しばらくすると、かずが受付の前を横切った。
え?何で…
不思議に思ったが、ここで逃してしまうと次はいつ会えるかわからない。
何とか、約束をとりつけられないだろうか?
自動ドアが開きかけたところで彼の手を取り、そのまま壁に押し付けた。


「かず…今は、どこで髪切ってんだ?」


そうじゃないだろ。
そんなことが聞きたい訳じゃない。


「別にどこだっていいじゃない」

「やっぱりプロは上手いよな。おれも…もっと頑張るから。だから、そうしたら…」

「意味わかんないんだけど」


キッと睨まれ…

"おれのところに戻ってきてくれないか?"

そう言いかけた言葉を、飲み込んだ。



つづく





miu