つづきです
昔から智の手が好きだった。
しなやかな指先
温かな手のひら
爪の形
自分のぽよぽよの…クリームパンみたいな手とは明らかに違うそれに、憧れてすらいたのだろう。
頭を撫でられるのも
手を繋がれるのも好きだったのだけれど
幼い日の憧憬は
いつしかその形を変え
彼の手が触れるたび
胸の奥が苦しいような…
むず痒いような
嬉しいのに悲しくて、泣きたくなって。
この、言いようのないぐしゃぐしゃな感情に
ずっと…心をかき乱されていた。
智の手に握られたハサミが音を立て
パラパラと髪が落ちていく。
視線を上げれば、目の前の大きな鏡の中には
まるで恋する乙女のような表情の
自分の姿が映っていて
何度も…
何度も何度も
自分の中で否定してきた、この気持ちの正体を
今日も思い知らされる。
髪はカットされ、頭が軽くなったはずなのに…
オレの心は重く沈んでいった。
それから…
秋が過ぎ
冬が過ぎて
そして、春が来た。
中学校を卒業し
オレは新しい制服に身を包んだけれど
智が通った高校には
もう…彼はいない。
オレたちとは入れ替わりで卒業し、今はどこかの専門学校に通っているらしい。気になってはいたのだが、ずっと聞けずにいた。
「ねぇ…潤くん、智どこの専門学校いってるの?」
「あぁ、あのひと美容師になりたいらしいよ」
「…え…?」
それを聞いて…
オレの中で、何かが音を立てて壊れた。
オレだけのものだと思っていた彼の手は
とっくに、そうではなくなっていたんだ。
ギュッと握りしめた手には爪が食い込み、指先は血液が通っていないかのように白く冷たくなっている。
「カズ?どうした?」
「え、あ…
ううん、何でもない…」
分かってる。智は悪くない。
ちょっとでも特別なんじゃないかって…
そんなの、全部オレの自分勝手な思い込みだってこと。
それでも、酷く裏切られたような気持ちになって、自分の中から智を消すことに決めた。