つづきです






今の二宮さんとの生活があまりに幸せすぎて…
何度、このまま記憶が戻らないフリをしてしまおうかと思ったことか。

…でも、ダメだよね。

今日こそは、ちゃんと言わなくちゃ。

そして、その上で
二宮さんに好きだと伝えよう。


よし!と気合いを入れ直し、角を曲がったところで、見慣れた車が目に入った。


あれ?ウチの社用車じゃ…

反射的に隠れると、社長が二宮さんに何かを手渡していたのが見えた。

あれは…何だ?
目を凝らす。

オレのスマホか?
ヤバっ、会社に忘れてたのか。


「まだ戻ってなかったですか。
じゃあ、これ相葉くんに渡しておいてもらえますか?」

「はい、お預かりします。
あの…相葉さん会社で大丈夫そうですか?」

「もちろんです。相葉くんには本当に感謝してるんですよ。みんな辞めてしまったのに、彼だけは残ってくれて…
ウチの会社が持ち堪えられたのは、彼のおかげです」

「本当に良かったです。
まだ記憶が戻らなくて…お仕事に影響が出てるんじゃないかと心配してたんですけど」

「記憶…?何のことですか?
退院してすぐ、抱えていた案件も開発途中だった仕事も、何の問題もなく、すぐ取り掛かってくれましたよ」

「え…? そう、ですか」

「じゃあ、私はこれで失礼します」

「あ、あの…ありがとうございました」



呆然とした表情で、二宮さんは去っていく車を見つめていた。

家に戻ろうと、ゆっくりと振り返ったところで
オレと視線がぶつかった。


「…まーくん…」

「あの、ただいま」

「おかえりなさい。あ、これ…忘れ物だって!
社長さんが持ってきてくれたよ?」

「うん…」

「ほら、家に入ろう?」


スマホをオレの手に握らせると
何も聞かず手を繋ぎ、家の中へと引き入れた。






「あの…ごめん」

「何が?」

「オレ本当は、記憶…戻ってるんだ」

「そうなんだ。良かったじゃない!」

「それで、あの…さ、」

「うん?」

「ずっと甘えてしまって、ごめん。
会社の方も、なんとか軌道にのったし、お借りしていた病院代と滞納していた家賃をまとめてお支払いします」

「やだ…まーくん、何を言って?」

「二宮さんには、本当に感謝しかない。
でも…
でもさ、恋人でもなんでもないのに、これ以上お世話になれないから」

「……え? 記憶戻ったのよね?」


大きく見開かれた 飴色の瞳。

記憶が戻ったと告げたのに、この反応は?

…二宮さんの言葉の真意が分からない。
オレの記憶が戻ったのだから、彼が言っていたオレたちが恋人同士だという設定は…明らかに嘘だと分かる。

だが、二宮さんはそれを誤魔化すような素振りは見せなかった。


「ね…もしかして、記憶喪失じゃなくて…
覚えてない、ってこと?」

「え?」

「ってか、忘れたかった…?」

「二宮さん?一体…何を…」


独り言のように、何やら呟くと

やがて…
静かに視線を逸らした。


「そう…よ。
嘘。全〜部、ウソ。ふふ…相葉さん単純だから、簡単にダマされてくれちゃった。
久しぶりに面白かった〜♪

オレとしては滞納していた家賃踏み倒されちゃ困るからね、何としてでも引き止める必要があったのよ。なかなか面白い設定だっだでしょ?笑

…で?どうする?
アナタが住んでた部屋空いてるけど、また借りる?オレとしては金さえ払ってくれれば誰が住んでも構わないけど」


片方の口角をクッと上げ
微かに…揺れる瞳を、オレに向けた。




つづく


miu