つづきです











「まーくん、おかえり♪」

「ただいま…帰りました」

「あ!もう…また敬語。ペナルティね!」


あれ以来、オレの帰る場所は二宮さん…
かず、の待つ家になった。

記憶を無くしているオレとは恋人同士だという設定のため、うっかり敬語を使うとペナルティが課される。

互いに手を繋ぎ、目を見て「かず」「まーくん」と…互いの名前を呼び合いスキンシップを図るという謎のルール。

でも、これが結構クる////
だってオレは好きなんだもん。

思わず…
見つめ合っているうちに、吸い込まれるように唇が近づいてしまったのだが、そこは理性で食い止め、繋いでいた手をぱっと離した。


「…今日のご飯は、まーくんの好きな唐揚げだからね♪」


そう言って、くるりと向けた背中は
なんだか…ちょっと残念そうで

正直、勘違いしそうになってしまう。


これは演技。

今のふたりの関係は
二宮さんの優しさで成り立っていて

オレたちは本当の恋人じゃあないのに

このままだと、いつか…
彼に手を出してしまいそうで怖いんだ。

恩を仇で返すなんて、そんな最低なことしてしまったらと考えるとゾッとする。

記憶がとっくに戻っていることを話してしまった方が良いんじゃないかと何度も思ったのだけれど…

…もう、すでに離れ難くて。

ニセモノの関係とは分かっていながらも
今の、この距離感に縋ってしまう。


「かず…」


彼の体温が残る指先を、じっと…見つめた。







あれから三ヶ月が経った。

自分でもびっくりするほど がむしゃらに働いた。
オレも関わっていた、自社で開発した技術が特許をとり、想定外に業績が上向いていた。

結果、特別手当も出て…

やっと、滞納していた分の家賃も、二宮さんに借りていた入院代もお返しできる目処がついたところだ。


あとは、引越し先…だよな。

幸い、オレが住んでいたアパートの部屋は
まだ新しい入居者がいない。
…できればそこをもう一度借りられないだろうか?
それなら引越し代もかからないし。

無理なら、なるべく近いところを探さなきゃ。


そんなことを考えながら
オレは、金の入った封筒をギュッと握りしめていた。



つづく



miu