つづきです






結局、おばあちゃんは退院することなく
還らぬ人となった。


それでも亡くなる前に、奇跡的に意識が戻り
少し話ができたようで

大家さん…
二宮さんと初めて会った時、泣いてお礼を言われたことを、今でも昨日のことのように覚えている。


彼自身、頑張って働いていたのは、おばあちゃんに少しでもいい生活をさせたいからという想いからだったらしい。
この場所を離れたことをしきりに後悔する、彼の項垂れた頭を、オレはそっと撫でることしか出来なかった。


それから…
二宮さんは会社を辞め、おばあちゃんの住んでいた家へと戻ってきた。

元々、上昇志向が強いわけでもなかったらしい。
おばあちゃんの大切にしていた場所で、静かに過ごすことを選んだようだった。

ずっと手続きなどで忙しくしていた彼だが、半年ほどが経ち、やっと落ち着いてきたらしい。

これまでも月命日には仏壇に挨拶させてもらっていたのだが、気づけば結構な頻度で二宮さんの家に通うようになっていた。

二宮さんは、会えば「相葉さんちゃんと朝ごはん食べた?」「仕事無理しないでね」なんて…
いつも気遣ってくれる。
そのくせ、オレがお礼を言うと「別に」って頬を染めて下向いたりしてさ。
もう見本のようなツンデレ。笑

おばあちゃんの言ってたとおり。
本当、優しいし…可愛い。

毎朝「行ってらっしゃい」って小さく振ってくれる姿に、元気をもらってた。


…もう、気づいたら 好きになってたよね。

男だけど、そんなの関係なくて。
ずっと一緒にいたいなって、そう思っていた。

そう。確かあの日もご飯を一緒に食べ…
飲んで?


……あれ?
そういえば、何か忘れていることがあるような。

何かを思い出しかけた気がして、記憶を辿ったが、モヤがかかっているようで思い出せない。
勢いよくブンブンと頭を振ってみたが、モヤは晴れるどころか痛みをぶり返す羽目になってしまった。

(痛ってぇ…)

ズキリとした痛みに顔をしかめたが、二宮さんに心配をかけたくなくて言葉を飲み込んだ。


まぁ、記憶は戻ったんだし…
そのうちに思い出すだろう。


それにしても…

二宮さんは、オレが恋人だなんて
なんでそんな嘘をついたんだろう?


そこまで考えたところで…
転ばないよう慎重に階段を上り、自分の部屋の鍵を開けた。

引き出しから銀行の通帳を取り出し、残高を確認する。

あぁ…そうだ。

オレは、自分の懐事情を思い出した。

…オレが勤めている会社は、不況の煽りを受けかなり厳しい状況に置かれていた。
社員もみんな辞めてしまい、今では社長家族とオレのみ。経営が苦しく、給料も…以前の半分以下に。
そんな状況下で、少しばかりあったオレの貯蓄はほぼゼロになっていた。
その事情を知った二宮さんのご厚意に甘えて、この三ヶ月…家賃も滞納しているような状態だった。

これは…詰んだ。

入院代を返すどころの話じゃない。家賃さえ払えていないのに、一体どうしたら…
じわりと額に脂汗が滲む。


「まーくん、どうしたの?大丈夫?」


二宮さんが心配そうにオレの顔を覗き込んでいた。




つづく




miu