つづきです







結局、いろんな検査をしたが
記憶がないこと以外の異状は見つからず

二日後には退院することになった。



可愛らしい軽自動車で迎えに来てくれた大家さんと、ふたりでアパートに帰る。


「車、狭くてごめんね。大丈夫?」

「いや、とんでもないです。手続きなんかもお世話になりっぱなしで。立て替えてもらった病院代もお返ししますから!」

「何言ってるのよ。そんなの気にしないで?
…オレたち恋人なんだし」

「いや、それとこれとは別なんで」


そうは言っても、オレ貯金とかあるのかな?
色々分からないことだらけだけれど…

とにかく、記憶が戻るまでの間
なんとか…二宮さんに迷惑かけないようにしなくちゃ!


…そう意気込んでいたオレだったが

窓から見える、見慣れた景色に
少しずつ…断片的に記憶が鮮明になり始め


「相…
まーくん、おかえりなさい」

「えっと…あれ?」

「? どうかしたの?」


アパートの前に立った時には、すっかり"相葉雅紀"としての記憶が戻っていた。


…見慣れた景色が呼び水のように脳を刺激し、忘れてしまっていた記憶が戻る…なんてこともあるのかもしれない。

問題は、その記憶の中に…

オレと二宮さんが恋人同士だったという事実が無かったことだ。



いや、実を言えばオレは二宮さんに惚れていた。
でもそれは一方的な片想い。

二宮さんは、半年ほど前からこのアパートの大家としてすぐ裏の家に住み始めていた。
…元々ここは、二宮さんのおばあちゃんが持っていたアパートで、そのおばあちゃんが病気で亡くなり、引き継いだ形だ。
少し古いけど、手入れされた住み心地のよいアパート。オレはここの201号室に住んでいて、おばあちゃん…
前の大家さんとは、それこそ家族のように仲良くさせてもらっていたんだ。

一人暮らしをしていたおばあちゃんが心配だというのもあったが、話を聞くのが楽しかったから。

そんな中で、自慢のお孫さんの話もたくさん聞いた。

息子夫婦が事故で亡くなり、中学生のころから、おばあちゃんと一緒に暮らしていたらしい。
実はオレも家族を既に亡くしていて、自分と近しい境遇に、勝手に親近感を覚えたりしたものだ。

彼は大学を出て地元の企業に就職したのだけれど、とても優秀で、二年ほどでその親会社に引き抜かれたとか。

目の下にクマを作って…
寝る間もないくらい忙しいのに、月に一度は必ず様子を見に帰って来るんだって心配そうに話していた。
「本当に優しい子なのよ」って、目を細めていたおばあちゃんの顔が、今でも目に浮かぶ。

そんな穏やかな日々が続いていたのだが…
ある日、いつものようにお茶菓子を持って部屋を訪ねると、床に倒れていたおばあちゃんを発見した。
急いで救急車を呼び、そのまま病院へ。
おばあちゃんから何かあった時のために、お孫さんの連絡先を聞いていたオレは、その番号へ電話をした。


「…はい?」


何度目かの電話で、ようやく繋がった。
知らない番号からの電話に、訝しげな声が響く。
事情を伝えると、慌てた様子で何度も「ありがとうございます」とお礼を言われた。
それから数時間が経ち、バタバタという乱れた足音に、お孫さんの到着を知った。

たくさんの機械に繋がれたおばあちゃんの姿。
ガラス越しに「お孫さん来たみたい。また来るからね」と声をかけ…

オレはその場を去った。





つづく



miu