つづきです








「…へ?」


智は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして目をぱちくりとさせると、やがて何かに思い至ったように口を開いた。


「もしかして、和也…転勤するのか?!」

「は?違うよ。あなたが…
智が引っ越すんでしょ?」

「いや、引っ越すけどさ。このアパートは受験のために借りてた訳だし、そりゃ終わったら戻るだろ。家から通えるのに」

「………ん?」


戻る?
家から通える?


「あの、智?
あなた県外の大学に行くんじゃなかったの?」

「いや、S大だけど」

「は?!だって…」


想像もしていなかった学校名に、言葉を失う。

S大って…
このアパートからは、乗り換えがあるが電車で1時間弱。
智の実家からだと、もう少しかかるだろうか?


「…和也と会うまでは、とにかく家から出たくて、進学先も県外を希望してたけどさ?
今はそんな必要無くなったから、このアパートは引き払うけど…おれはちょいちょい和也のアパートに行くつもり。
ってか…お前、別れる気でいたの?」


背中から伸びてきた手に、ギュッ…と抱きしめられた。

…ちょっと待って。
どういうこと?

確かに…智は、親の再婚で自分の居場所を見失い、受験を理由に家を出た。
オレたちが出会った当初、智の机の上には県外の大学の資料が山積みになっていたはず。それはこの目で確認している。

…どこで進路を変えたの?

まさか…


「オレと一緒にいたくて、変えた…の?」

「いや、それも…全く関係無いとは言わねぇけどさ。
進学先を変えた一番の理由は、家から出たかった理由が無くなったからだよ。
どう扱ったらいいのか分からなかった妹も最近じゃ結構可愛くなってきたし、なんか…あの家で家族やるのも良いなって思えるようになったのは、和也のおかげだよ」

「え?オレ何もしてないけど」

「自分にも 和也が…
こんなに大切にしたい人ができて。

父さんと義母さんが、お互いに惹かれあって家族になったことが、どれだけ幸せなことなのか分かったんだよ。
わざわざ家を出る必要が無くなったんだ。
進路を地元の大学に変更するのって、そんなに不思議かな?」

「それは…」


…確かに、不思議なことではない。


でも…

じゃあ。


「オレ、これからも…あなたと一緒にいられるの?」

「当たり前だろ」


離さないとばかりに、抱きしめられた手に力がはいった。
智の手に自分の手を重ね、ギュッと握り返す。


「なぁ、和也。もう一回言って?」

「合格おめでとう」

「それじゃなくて…
さっき、泣きそうな顔で言ってくれたやつ」

「//// え、えっと…」

「和也?」


ふっ と 後ろから抱きしめられていた手が緩むと
スルリと前へ回り込まれ
智と向き合う形になった。

ゆっくりと近づいた唇が重なる。


「……好き」

「うん」

「大好き」

「んふふ、嬉しい。
おれも…大好きだよ」


触れて、離れて
また触れて

次第に深くなる…キスに


もう、言葉はいらなかった。



つづく



miu