つづきです
「なぁ。まだこっちに戻ってこないの?」
「うん…そうね。今日は行けそう」
無事合格したとの報告から数日が経ち
やっと…
智の部屋に行く決心がついた。
智の受験から少しして、偶然にも実家での用事や出張が重なり、一ヶ月以上、智のアパートから遠ざかっていたのだ。
まぁ、実家の用事は日帰りでも済む程度のものだったが、有給使って数日泊まってきたり、出張も…
別にオレじゃなくても良かったんだけど。
あまり楽しい出張ではなかったせいか、行きたがる社員がいなかったから引き受けたような経緯だ。
決して、避けていた訳では…ない。
…大丈夫。
何度も練習したじゃない。
仕事を終えたオレは、久しぶりに彼の部屋の前に立っていた。
むにむにと頬を持ち上げ、口角を上げる。
よし!と気合いを入れて
この手に馴染む合鍵で、ドアを開けた。
ガチャっという音で気づいたらしい智は、オレが靴を脱ぐと同時に玄関に駆け寄ってきた。
「おかえり、和也」
いつもと変わららない笑顔で迎えてくれる。
「ただい…」
顔を上げたオレの視界に入ったのは
部屋の隅に積まれた段ボールだった。
「…合格、おめでと…」
思わず声が詰まる。
…もう引っ越しの準備か。
そうだよね、来月にはもう…智はいないんだから。
でも、心配させちゃダメだ。
「勉強、頑張ったもんねっ!本当に良かった」
「うん…だから、よろしくな、和也」
「よろしく…?
何をよろしくされるの?
あ、荷造り?もちろん手伝うよ!」
「…和也?」
震える声。
動揺を悟られないように、ダンボールの置かれている壁際に座り込む。「これは入れちゃって大丈夫よね?」と教科書や雑誌を箱に詰めた。
「どうした?」
「…どうもしない」
「じゃあ、なんで…そんな泣きそうな顔してんだよ」
「……っ、そんな事ないよ。大学合格なんておめでたいじゃない!!」
オレの方が、ずっと年上なのに…
やっぱりダメだ。
あなたとの日々が幸せすぎて、この恋を失うことに
こんなにも…臆病になっている。
「……っ、智、ごめん…」
笑って あなたの手を離し
いずれ、自然に…
あなたの中からオレが消えるまで。
それまで、静かにあなたを見守っているはずだったのに。
こんな情けないオレでごめん。
「…やっぱ、無理みたい。
笑って『おめでとう』って言わなくちゃって思ってたのに。
好きなの。大好きなの。
智と離れたくないなんて…言っちゃいけないって分かってるのに…」
泣き顔なんて見せたくないのに…
溢れだす涙を 止められなかった。
つづく
miu