つづきです











「…ん?」


玄関に近づく車の音。
一瞬、出版社の人間が来たのかと思ったが、それにしてはまだ早い。
聞き覚えのあるエンジン音に、庭先から顔を出せば、馴染みの配達員だった。


「おはようございます。荷物…庭の方に持ってった方がいい?」

「いや、玄関でいいよ」


時々は街まで買い物にも出かけるが、買い物はほぼネット。仕事は家の中で完結するし。

あれ以来、なんて言うか…人と接するのが苦手になってしまって。田舎に引きこもってからは、この傾向はさらに顕著になっていた。
近所付き合いもない…って、そもそも近所に人がいないし。

そんな俺が、日常生活で唯一コミュニケーションをとっているのが、彼だった。
癒しのオーラを振り撒く、配達員の相葉さん。


「悪いね、うち専属みたいで」

「あひゃひゃ!全然?仕事があって有難いよ。あ、これお裾分け。野菜いっぱいもらったんだけど食べきれなくて。」

「お、助かるよ。ありがとう。
時間あるんでしょ?上がってお茶でも飲んでよ」

「じゃあ…ちょっとだけ」


お邪魔します と、いつものように上がり込んできた。

コーヒーを淹れ、届いたばかりの箱から茶菓子を取り出す。相葉さんはそれを美味しそうに頬張ると。庭先を見て思い出したように言った。


「あ。そう言えば…今日、ラジオで天気崩れるって言ってたかも。洗濯物気をつけてね」

「マジ?…全然降りそうもないけど。ハズレじゃない?」

「確かに " 所により " って言ってたからなぁ。この辺じゃないかもね。あ、そう言えばさ…」


その後も、何てこともない世間話をして
相葉さんは仕事に戻っていった。


あまり腹は空いていなかったが、コーヒーとお菓子だけで、朝から食事らしい食事をしていなかったことを思い出した。
昨日の夕食に作ったトマトスープの残りに、冷凍してあったご飯を入れ、チーズを加える。
トマトリゾット風のものを作り、口に運んだ。
多分…味はいいはず。
だが、食への執着が無い所為か、あまり味が分からなくなっていた。



時計を見れば、そろそろ…出版社の人が来る頃だった。
渡す原稿はもう用意してある。
あとは、抜けがないかのチェックを受け、渡せば終わりだった。


「…ん?」


部屋の中が急に薄暗くなったのに気づき、窓の外へと目を向ける。

さっきまで広がっていたはずのキレイな青空は、いつの間にか消え、今では 大きな鉛色の雲に覆われていた。

相葉さんが言っていた天気予報を思い出し「うわ、マジか!!」と、慌てて洗濯物を取りに庭に走った。

急に降り出した雨は大粒で、短い時間にもかかわらず派手に洗濯物を濡らしていた。
こうなってしまっては、洗い直すしかない。
諦めて…
ぬかるみ始めた足元を気にしながら、洗濯物を両手に抱えた。

縁側から部屋へと続く廊下。
どうせ洗い直すなら と、取り込んだタオルで濡れた手足を拭く。

鳴り始めた雷と雨音。
…突如、それに混じった不協和音に、俺は耳を疑った。

そして…


「妻戸先生!」


勢いよく開いたドアの向こうには
俺のお気に入り洋菓子店のショップバッグを下げた幻影が、泣きそうな顔をして立っていた。





つづく




miu