休み時間。
昨日に引き続き、相葉くんはこちらをチラチラと気にしている。何でだろ?
…よし、それなら。
オレは潤くんから借りた、とっておきのアイテムを取り出した。
元々、オレも小説を読むのは嫌いじゃない。
最初はポーズのつもりで読み始めたのだが、ストーリーの面白さにグイグイと引き込まれてしまった。
読書に集中していたオレは、チャイムが鳴ったことに気づかず、顔を上げれば先生が目の前に。慌てて教科書を取り出そうとしたのだが、カバンの中に入っていない。机の中も探したが見当たらなかった。
マズったなぁ。教科書を忘れたことに気づいていれば潤くんに借りに行ったのに。夢中になっていて、全然気づかなかった。
(仕方ない、このままやり過ごそう)
そう思っていたのに、相葉くんが「にの、教科書忘れた?」って。
小さく頷くと、オレの机の上に教科書を乗せてきたから、慌てて返そうとしたら、今度は一緒に見ようって机をくっつけてくる始末。
だから…近いのよ////
どうにか気を紛らわそうと教科書を見ると、ところどころに落書きが描かれていた。
え、ちょっと待って。相葉くんって授業中に落書きするタイプなんだ。そして結構絵が独特。
っていうか…下手。
オレだって人のことは言えないけど。いや、これは。
明るくて性格良くてみんなから好かれていて、スポーツ万能。
成績こそ…そこそこだけど、悪くはない。
そんな弱点らしい弱点のない相葉くんにもこんな一面があるなんて、何だか普通の高校生っぽくて。
恐れ多くも、推しに対して ちょっとだけ親近感を覚えて嬉しくなった。
「あの、ごめんね。教科書見せてくれてありがとう」
「全然。オレが忘れた時もよろしくね」
「…うん」
ダメだ、やっぱり緊張しちゃう。強制終了。
オレは机の中から本を取り出して、続きを読み始めた。
話しかけないでオーラ全開…だったはずなのに、相葉くんはキラキラと目を輝かせながら、さっきよりも更に距離を詰めてきた。
「にのも好きなの?オレも好きなんだ!!その人の本面白いよね」
「あっ、えっと…」
(潤くん残念。失敗です)
「今までの作品でどれが好き?」
「……」
(いや、読んだことないのよ)
「にの?」
めちゃめちゃ真剣に読書している雰囲気を作ってたのに、作家さんのこと知らないって不自然かな?
適当に誤魔化してしまうべきか。
でも…嘘をつくのは嫌で、正直に話した。
「実はこれ…潤くんに借りた本で、今日読み始めたばかりなの。この作家さんも知らなくて」
「あ…そっか。そうなんだ」
明らかに残念そうな相葉くん。
自分の推しについて語れるって嬉しいよね。その気持ちめちゃめちゃ分かる。
それなのに、まさかの無知でごめんなさい。
でも…
でも。
「でもね?すごく面白くて。読み始めたら止まらないの。これ読み終わったら他のも読んでみようかなって」
これは本当よ?
他の作品も読んでみたいって思ったから。
「あの、あのっ!だったら…オレその作家さんの本、ほぼ持ってるから貸すよ。そうだ…日曜日にのの家行って良い?持って行くよ」
「え?………いや、それは…」
オレは完全に選択を誤ってしまった。
この場合、回避すべきは"推しと会う約束をする"だったのだけど。
(相葉くんがオレの家に?
いやいやいや、ダメだよ。無理。
棚の祭壇(相葉くんコーナー)には自作のアクスタやこっそり撮った写真が所狭しと並んでいるし、I♡相葉ってプリントしたTシャツは部屋着として愛用中。毎日読み返してはニヤニヤしている相葉くんの観察ノートは宝物だ。そんなのがバレたら大変なことに。オレの家はダメ。絶対)
この時のオレの思考は"自分の家に来られること"を回避することに全振りしていて。
「だったら、オレが借りに行ってもいい?」なんて…
自分で自分の首を絞める発言をしてしまった。
つづく
miu