つづきです








「おれ…」


オレの話を黙って聞いていた智が、ぼそっと口を開いた。


「もしかして、おれも”かわいそう"だったのかな」

「…え?」


被っていた布団から顔を出し、智を見る。
想像もしていなかった言葉に沈黙するしかなかった。


「おれはさ?
父ちゃんとずっとふたりで生活してきた。
小さい頃は何もできなくて、父ちゃんにばっかり負担をかけてて。
だから、早く大人になりたいと思ってた。
自分で何でも出来るようにならなきゃいけないと思ってた。
寝坊なんて…小学校の時から全然したこと無かったんだよ。ちゃんと自分でひとりで起きられていたんだ。

父ちゃんに我儘を言わないこと
自分のことは自分ですること

おれには、それくらいしか…出来なかったから。

大きくなるにつれ、おれができる家事も増えていってさ。
掃除、洗濯、食事だって作れるようになった。
あぁ、これで父ちゃんに楽させてやれるなぁ…って嬉しくて。めちゃくちゃ頑張ったよ。
だけどさ、しばらくして…新しい義母さんを連れてきたんだ。

…誰だと思う?
小学校の時の担任の先生。

びっくりしたよ。
まさかと思った。

綺麗で、すごく優しくて、大好きだった。
今思えば…
初恋、だったのかも。

でも、そんなふたりがおれの知らないところで…
そう思ったら、なんか…すごく複雑だった。

あ、でも先生…
義母さんは良い人なんだよ?
本当におれのことを気遣ってくれてさ。
家事だって全部やってくれるんだ。「智くんは自分のやりたいことやって良いのよ」って。

けど…

…そうしたら、自分が どうしたら良いのか分からなくなった。

だって、おれは…父ちゃんとふたりで頑張ってきたんだよ。

落ち着かなくて
息苦しくなって
自分の居場所が分からなくなって

おれはあの家から逃げ出したんだ」

「智…」


子どもの智は、早く大人にならなきゃいけなかった。

だから、智は高校生なのに、オレなんかよりも…ずっと、ずっと大人びていたんだ。

胸の奥がぎゅうっと苦しくなる。


「でも、良かった。
 "かわいそう"って気づいてしまっていたら…おれも呪いにかかってたかもな。
自分のことで手一杯で、きっと…

公園でくたびれてたサラリーマンに、声かけようなんて思わなかったかも」


智は笑いながら、そっと…オレの頬に触れた。
その手に、自分の手を重ねる。


「今、智はさ?あまりにも急いで通り過ぎてしまった、小さな子どもの頃をやり直してるのかもね。
朝ゆっくり眠っていても良いし、我儘を言っても良い。
自分の思った通りに…して良いの」

「思った通りに…?」

「うん。
きっと、今のこの時間はアナタにとって必要なのよ」


オレがそう言うと、智は少しばかり思案して
ボソッと言った。


「じゃあ…良い?」

「ふふ。笑 …何?」

「キス、して」

「え…」


あ、びっくりした。
おやすみのキス…ってことか。

子どもに戻って って言ったのオレだもんね。

ベッドの上で身体を起こすと、ギシッ…と軋んだ音が鳴った。


ゆっくりと智の顔に唇を近づけ、触れた。


「おやすみ」

「……眠れねぇ、よ…」


智は、熱っぽい瞳でオレを見つめた。





つづく



miu