つづきです
『また明日な』と言いながら去っていった智の顔を思い出し、オレはノロノロと立ち上がった。
「…んだよ。今日、土曜じゃん…」
せっかくの休み。
相変わらず良く眠れないながらも、疲れた体を休めるためには家で横になっているのがベストなのだが。
でも、曜日なんて気にすることもなく
あのベンチに座って待っている智の姿が目に浮かんで。
気怠い体でスニーカーの踵を踏み潰すと、玄関のドアを開けた。
会社の最寄駅ではない駅の改札を抜ける。
…会社の近くの公園でサボっていると、バレる可能性があるからね。笑
いつものあの公園は、会社からは少し離れた場所にあった。
それでも今日は出社しなくて良い分、気は楽で。
少しだけ…公園に向かう足が速まる。
角を曲がり、公園に入る。
ベンチの置かれている方を見ると、予想通り智が座っていた。
少し悩んで…
智が座っている隣のベンチに腰を下ろそうとするオレに「こっち座れば?」と、手のひらで トントンと自分の座っているベンチを叩いた。
断る理由もなくて、素直に隣に座る。
今日はどんよりとした曇り空。
いつもとは違う肌寒さにブルっと震えた。
「今日は学校休みじゃないの?」
「…あぁ、休みだったな笑」
「オレも会社休みなんですけど」
「じゃあ、何で来たの?」
「何でって…」
(アナタが『また明日』って言ったんじゃない)なんて…まるでオレが会いたくて来たようで、話題を逸らした。
「学校サボって、休みの日もなんて。
…家に居たくないの?」
「いや?おれアパートで一人暮らししてるし」
「…高校生だよね?」
「そう」
「何で?って…聞いていい?」
「別に隠すようなことじゃないよ。笑
妹が産まれたんだよね。半年前に。すごい可愛いんだけど…おれ怖くて触れないんだよ。
だって距離感ってか…力加減とかもさ、全然分かんないじゃん?
ケガでもさせたらと思うと…
一応受験生って名目もあるからさ。落ち着いた環境で生活したいって言ったら、一人暮らしを許してくれたよ」
「へぇ…随分歳が離れてる妹さんだね」
「あぁ、義母さんはまだ30歳だし」
「…え」
「本当の母ちゃんは、おれを産んですぐ亡くなったんだ。ずっと父ちゃんが男手ひとつで育ててくれてたんだけどさ。2年前に再婚して、それで」
「そう…なんだ」
あぁ。いるじゃん。
オレなんかよりもずっと可哀想な人。
親が再婚?家に居場所がなくて学校にも行きたくなくて。だから、毎日ここでボーっと空を見上げてるんでしょ?
可哀想だね。
…可哀想だから、オレが優しくしてあげる。
「一人暮らしだと、ご飯とか大変じゃない?
何か美味しいもの奢ってあげようか」
立ちあがろうとすると、空からパラパラと雨粒が落ちてきた。
え、今日って一日中曇りじゃなかった?
傘なんて持ってきてないし。
ハズレた天気予報に苛立っていると
「おれんち、近くだから」
と 智は空を見上げると、歩き出した。
あ…そう。
知らない人とは飯なんて食えないってことか。
じゃ、良いよ。サヨウナラ。
ため息をついて駅の方向へ歩き出そうとすると、智がオレの手を掴んだ。
「どこ行くんだよ。
おれんち、こっちだから。ついてこいよ」
制服を着ていない智は、少し…
大人びて見えた。
つづく
miu