つづきです
「いらっしゃいませ」
相葉さんの声に、空になったグラスを下げながらチラリとドアの方に視線を向けた。
……え?
予想もしていなかった再会に、動けなかった。
それは相手も同じだったらしい。
目を見開いたまま、ふたりの間の時間が止まる。
元カレ…
オレが、初めて付き合った人。
櫻井さんから見せられた、あの動画を録った張本人だった。
オレの人生を振り回した、本当に最低な男。
とても許せるような事じゃない。
ふるふると震える指先を、温かな手のひらがぎゅっと包んだ。
大きな背中が、彼とオレとの間に壁を作る。
あの頃のように気安く軽口を叩くかと思っていたが、予想に反して、彼はオレの顔を見るなり、急に怯えた顔になった。
いきなり土下座をすると、うわ言のようにごめんなさいごめんなさいと繰り返す。
…どう言うこと?
付き合っていた頃は、根拠のない自信に満ち溢れ何につけても自分が一番だった。
人に謝ることなんてなかった彼が、今、目の前で頭を床に擦り付けるなんて…
呆然としているオレに、勝手に言い訳を始めた。
「あの動画はもう全部処分しました。本当に申し訳なかった。だから、勘弁してください!」
「…?」
どうやらあの動画の件で…怖いお兄さんに酷い目に遭わされたらしい。
…櫻井さんの指示かもしれないな。
直接的には関係なくても、ほんの少しでも大野さんに害を及ぼす可能性があるのなら、その根を徹底的に断つ主義なのだろう。
そう考えると怖い人だけど、絶対的に大野さんの味方であるという事実は、オレにとっては何よりも信頼できた。
この男の言うことが本当なら…あの動画は、櫻井さんの手元にあるもの以外は削除されているということだろうか。
この時代、一度流出したものを完全に消すことは難しいが、それでも最小限に留められたことに感謝した。
「お客様の席は、この店ではご用意出来ません。お帰りください」
普段は温厚な相葉さんが、厳しい視線を向けている。オレの徒ならない様子に、目の前のこの男を"敵"だと認識したらしい。
鋭い声に驚き、慌てて立ちあがろうとした男に、オレは言葉を放った。
「過去にアナタと関わったことは事実だし、それは消せない。オレもアナタも…どんなに辛くても自分のしたことに責任を持たなきゃなんない。
オレは受け入れるよ。自分の責任を。
その上で…
オレに関わってくれた人の幸せを願う。
アナタの顔は二度と見たくない。
ここにも来ないで。
…でも、オレと関係ないところで幸せになってよ」
泣きそうな顔をした男は、もう一度「ごめん」と言って店を出て行った。
"オレの責任"
頭の中で、自分の言葉がこだまする
空っぽの 手のひらを見つめ
無くしてしまった大切な存在を
オレはぎゅっ…と抱きしめた。
つづく
miu