つづきです



数日前に戻ります







「あーあ、疲れたぁ」



まだ少し痛む腰をとんとんと叩き、守衛さんにぺこりと頭を下げてラジオ局を出る。

それでも気分が晴れやかなのは、昨日充実した休日を過ごしたからだろう。

角を曲がり、駐車場までの薄暗い道を歩いていると…進路を塞ぐように人影が現れた。



「二宮和也さん、ですよね?」


「……」



…誰だ?オレを知ってる?

名前はともかく、顔は知られていないはずなのに。

物騒な事件とは縁のない、のどかな地方都市だが…流石に緊張が走る。


オレが黙っていると、その人影は一歩前に出た。数少ない街灯に照らされたのは、怖いくらいに整った顔立ちの男だった。


…やっぱり知らない、よな。

少なくともオレが会ったことのある相手ではない。こんなに綺麗な顔の人を見忘れることなんてないだろう。



「…大野と一緒に仕事をしております、櫻井翔と申します」


「え…」



大野さんの口から

 " 翔ちゃん "という名前は何度も聞いていた。


親友であり家族みたいな存在で、誰よりも信用できる人だ、と。


ほっ と緊張が緩み、手を差し出そうとして…

彼の氷のような瞳に動けなくなった。



「単刀直入に言います。大野から離れてください」


「それは…なぜ、ですか?」


「あなたの存在が、彼の将来を危ういものにするからです。大野は才能に溢れるイラストレーターだ。世界にだって通用する。あなたさえ居なければ」


「……」



…唇をギュッと噛んだ。

比較的認知されるようになったとは言え、櫻井さんのような考え方のほうが大多数だ。同性の恋愛はまだまだ理解され難い。

それどころか、周りからの偏見で人格を否定されるような事も決して大げさではないだろう。

だから…櫻井さんの言いたいことは、オレにも充分すぎるほど分かった。


大野さんを大切に想うなら、離れろってこと。


それは何度となく…

自分自身、葛藤してきたことだから。


…でも。

それでも。


触れた…大野さんの温かさに 


ふたり寄り添い、支え合いながら

彼となら一緒に歩いていけるような気がしていた。



「…言動には、細心の注意を払います。

大野さんのパートナーだと決して公にすることはありませんから…だから、彼の隣にいる事を許してはもらえないでしょうか」



櫻井さんはピクリと片方の眉を上げ

オレを見つめたまま黙っていたが、やがて深く息を吐き出した。



「これを見ても、そんな事が言えますか?」



目の前に差し出されたスマホ

その画面から流れてきた映像と音声に、忘れていた記憶が呼び起こされた。


大学生の頃

一番最初に付き合った相手


恋愛がどういうものか分からず

彼に嫌われたくなくて…求められるままに応じていた。


…そう。


愛の記録と称した、AV紛いの行為の記録も。



「どうしてこんなものが…」


「もう…3年くらい前になるかな。智くんが興味を持ったラジオパーソナリティの顔を見てやろうくらいの気持ちであなたのことを調べたんだ。

でも、あなたの顔を見て なぜか胸が騒ついた。今思えば、いつか…あなたと智くんが出会えば、こうなる予感がしたのかもしれない。

だから悪いとは思ったけど、更に調べさせてもらったんだ。

…悪いけどさ、あなたの昔の恋人って最低の男だね。この映像で小遣い稼ぎしてたみたいだよ?まぁ、心配するほど広く出回っていた訳じゃないけど。

こんな地方のラジオパーソナリティの過去が勝手に暴かれるだけなら、俺は知ったこっちゃない。

でもね?ふたりがこのまま交際を続けていれば…どんなに隠しても、二宮和也と大野智を結びつける人間は必ず出てくる。その時にこの件を面白おかしく騒ぎ立てる輩が現れるだろう。

智くんに係る以上、俺はこういう小さな綻びだって見逃す訳にはいかないんだ。

俺は智くんを。"大野智"を守るためなら、何だってやるよ。

だから…

だから、智くんの前から消えてください」



櫻井さんは、深く頭を下げた。



オレにはもう、何も言えなくて。


全ては…自分の所為だから。



「……分かり、ました…」



オレが消えそうな声でそう言うと


それまで冷たかった彼の瞳が、一瞬…揺らぎ

そこに浮かんだ覚悟の色に、オレは全てを察した。



…あぁ、そっか。


アナタも、オレと同じように

大野さんのことが好きなんだね。


そして、恋愛感情なんて言葉では片付けられないほどの、もっと…もっと深い想いも。


親友として、家族として

長い間 想いを共有してきた


そこは、きっと…

オレの入り込む余地なんてないだろう。

この人は、大野さんを誰よりも大切に思っている。


当たり前だよな。

このふたりは、ずっと一緒に生きてきたんだ。


嫉妬という名の劣情と

大切な存在を守りたいという感情は


一つの答えを導き出す。



" オレさえ消えれば "



それは、当然の結末だった。




つづく




miu