所長さま、R *さま
素敵な企画に感謝です♡m(_ _)m
グスッ ヒック…
「出来ない。やっぱ無理だよ…」
「じゃあさ、オレのとっておきを教えてあげる」
まーくんはそう言って、めそめそと泣いていたオレの前に、甘い香りを放つパンを置いた。
「…なに?これ」
「これね、食べると元気と勇気がでる、まほうのチェリーパイなんだよ」
「まほうのチェリーパイ?」
「そう。だからね、大丈夫」
「…ほんと?」
「本当だよ」
思えば、気の小さい子どもだった。
…いや、今だって大して変わらない。高校生にもなって、未だに…昔のおまじないを信じているんだから。
まーくんがオレに教えてくれた "元気と勇気の出る魔法のチェリーパイ" は、何のことはない家の近くのパン屋で売っていたチェリージャムがたっぷりと乗ったデニッシュだった。
それでも…
運動会でリレーの選手に選ばれた時も
文化祭の劇で主役になった時も
高校の受験の時も
甘くて少し酸っぱいチェリーデニッシュは、オレの気持ちを落ち着かせ、いつだって背中を押してくれていたんだ。
そのパン屋が閉店したのは、一年前。
魔法が使えなくなってしまった と、不安でいっぱいだったオレに「大丈夫だよ」と、まーくんは笑って言った。
冷凍のパイシートと安いチェリージャムをスーパーで買い込み、動画でパイの作り方を見ながら、まーくんは下手くそなチェリーパイを作ってくれた。それは焦げていて、魔法のチェリーパイとは程遠い味だったけど…
でも、とても温かい気持ちになったのを
今でも覚えている。
その日から…
まーくんはオレの魔法使いになったんだ。
幼なじみのまーくんは、一つ年上。
学年は違うけれど、とても気が合い、互いの家を行き来する仲だった。
今日も、オレが帰るよりも先に部屋でくつろぎ、オレが買った漫画をオレよりも先に読み、多分このまま…晩飯も食っていくだろう。
まぁ、オレもまーくん家で同じようなことをしているから、オレたちにとってはこれが通常。
「…ねぇ、まーくん」
オレの部屋のベッドで、いつものように漫画を読んでいたまーくんに話しかけた。
「ん?どうしたの?」
「チェリーパイ…作ってくれない?」
「うん。良いけど、今回は何の願掛け?」
「……え、と…」
「だって、ほら。
オレもにのの願いが叶うように気合入れて作るから…。ね?教えてよ」
言葉を詰まらせているオレをの顔を、まーくんが覗き込んだ。
あのね?
オレが欲しいのは、告白する勇気。
同じクラスの女子が『相葉先輩に告白する』なんて騒いでたの聞いて…
その前に告白しなきゃって。出し抜こうとしてるの。ほんと、オレって嫌なヤツだよね。
でも、そんなこと考えてしまうくらい…まーくんのこと好きなんだ。
だから、魔法をかけて。
オレに勇気をちょうだい?
「あの、ね? 好きな人に告白…したいの。だから…」
「…………」
「どうしたの?」
表情を硬くしたまーくんが、手に持っていた漫画をパタンと閉じベッドの上に置いた。
「…ごめん、無理」
「え?」
「告白なんて…そんなの、自分の力でしなきゃ意味ないじゃん。魔法とか…そんなのに頼るっておかしくない?」
「まーく…ん」
思っても見なかった言葉。
突き放されて、頭が真っ白になった。
…良く考えれば、まーくんが言っているのは至極当たり前で、反論の余地もない。
今までにない語気の強さに…
どうしたら良いのか分からなくて、言葉を失ってしまった。
「…いや、違うんだ。ごめんね。
にのが誰かに告白するの…見たくないんだよ。だって…」
「…まーくん?」
きゅっと結ばれた唇。
オレの大好きなまぁるい瞳は、逸らされたまま…
…やだよ、まーくん。
こっち向いて?オレを見て?
何か言わなきゃ…何か。
「…好き」
こぼれ落ちたのは、ずっと…想い続けてきた言葉だった。
「え?」
「オレ…まーくんが好き。だから…
……付き合ってください」
「え、え?…にの?!」
「好きなの…」
精一杯の勇気。
震える手で、まーくんの袖口をぎゅっと握った。
「やばい…嬉しくて泣きそう」
真っ直ぐ向けられた視線は…
オレを。
オレだけを見ていた。
…もう、魔法はいらない。
だって、いつか解けてしまうから。
引き寄せられるように重なった ふたりの唇は
チェリーパイよりも
ずっとずっと…甘かった。
miu