つづきです








ふわり…

薫るタバコの煙。

その向こう側で、警告色にも似た真っ赤な唇が開いた。


「ねぇ…坊や。
今時、情報なんて簡単に手に入るけど。見えないものも多いのよ?
一見安全そうに見えるけど、この辺はヤクザも多いし、客を取るにはそれなりにルールがあるの。そんな場所に無防備な素人が立ってたら…どうなると思う?それもこんな可愛いコちゃんが」

スルッと手の甲でオレの頬を撫でると、ママ(?)は驚いたように顔を近づけてきた。


「ちょっと、やーだぁ!お肌スベスベじゃない、悔しい!どんなお手入れしてるのよ」

「は? 別に何もしてないよ」

「何もしてないって?!コレだから若いコは嫌なのよ!!アタシがどんだけ苦労してるか…」

「それより、さっきの話。無防備な素人だと…どうなるの?」

「え、何の話だっけ?
…あぁ、そうそう!!
タチの悪いチンピラにでも目をつけられたら、そうねぇ…散々犯された挙句、AV録られて風俗行きコース」

「……え…」

「あなたに声をかけたのが、智ちゃんで良かったわね♡」


背中を冷たい汗が伝った。
…冷静になって考えると、確かにオレは場違いだったのかもしれない。

"一夜かぎりの相手探すならココ!"
とネットに書き込まれていた場所。
オレはそれをそのまま信じて、あの場所に立っていた。


「本当、口数少ないし伝わりにくいけど。優しいのよね…あの子」


ママは穏やかな瞳を智さんに向けた。


"カラン"
扉が開く音に振り返る。


「ママー来たよ」

「あら、いらっしゃい♡嬉しい」


時間が深くなるにつれ、店内には人が増えてきた。あちらこちらで笑い声が響いている。

忙しそうに客の間を行き来するママの向こうで、智さんは変わらず黙々と作業をしていた。


不機嫌そうに尖った唇
丸まった背中

でも、丁寧にグラスを磨いている手つきは
とても繊細で… 

その指先からは綺麗な音が聴こえてきそう。



「……ふん、分かりづら…」


独り言ちながらもオレは…
その横顔から目が離せなかった。








つづく



miu