つづき…
「え… え?!」
信じられないものを見た時
二度見するのは、おれの癖だ。
「入って良い?」
「いや、え?!何で」
「お邪魔します」
広くない部屋は、いたるところに仕事道具が散乱していた。
ダンスでもするように、散らかった足元を軽やかに進んで行く。
テーブルに辿り着くと、コンビニの袋をガサッと置き、おれに向き直った。
「…これって、フィギュア?」
「うん…
個展とかもやったりするけど、これだけだと食っていけないからさ。
今はメーカーからの依頼で、ガチャポンの原型を作る方が…メインの仕事かな」
「へー凄いなぁ。
そっか、仕事…忙しいんだ」
「あ…の、まぁ。うん。
二宮教官が来たのって、教習のことだよね」
「……っ」
何かを言いかけた 赤い唇が
言葉を飲み込んだ。
「…なんかさ、免許取らなくても良いかなって思って」
「あと少しなのに?」
「うん…おれの場合、別に仕事で必要って訳じゃないし」
「………」
重い沈黙が 部屋を流れる。
「………約束は?」
「約束?」
心なしか、茶色い瞳が潤んでいるよう。
…約束と聞いて思い当たることは、一つしか無かった。
おれが免許を取れたら 海に行こうと
そう言って 微笑んだ君。
でも…
「…海なんてさ、奥さんと行けばいいじゃん」
「は? …何言ってんの?」
「今日は指輪してないんだ」
「指輪って…え?」
その 可愛らしい、ちっこい手には
あの時 光っていた指輪は…
はめられていなかった。
「ごめん…おれ、結婚してるの知らなくて」
「結婚って 誰が?誰と?
指輪……
あぁ!あれ? 教習中、女子生徒達がうるさいから…確かに、時々つけてたけど」
「ほぇ?」
「…虫除けってこと」
おれは、その場にヘナヘナと座り込んだ。
え?
結婚…してない?
「そう…なんだ」
「……ねぇ、大野さん。
オレが結婚してたら、なんでゴメンなの?」
「…え、と」
この期に及んで 言葉を探しているおれの手に、二宮教官の手が重なった。
見つめる真っ直ぐな 瞳は、おれの下手な嘘なんて…簡単に見透かして しまいそうだ。
どんな言い訳をしたところで、無駄だろう。
「もしかして、期待しても良い?」
近づいた唇が
そっと…押し付けられた。
つづく
miu