翔潤のお話です。
軽くBL含みますので、ご注意を。











「佐藤さんって…誰?」


あ…そうか。
しょおくんは 知らないんだ。

平静を装いながらも、不機嫌そうに刻まれた 眉間のシワに、自分の言葉が足りなかったと気付いた。


「ごめん、言ってなかったよね。
バイト先の古着屋のお客さんで、帰りに会ったんだ。雨宿りしてたら傘に入れてくれて」

「そう、なんだ」

ホッとしたのか…
しょおくんの眉尻が、スッと 下がっていく。

そうだよな。

突然 知らない名前が出たら
訝しむのも分かる。

しょおくんは コーヒーを口に運び、ゴクリと喉を潤した。

俺も 口に含む。

だけど…今日のコーヒーは、少しだけ苦かった。


「それでね? 
自転車のことを話したら、佐藤さんが使ってないのを貸してくれるって…」

「…いやいや、ちょっと待って。何でそんな話になってるの?
だだの バイト先のお客さんでしょ?
たまたま雨の中、知り合いに会ったから送るってのは、まあ…分からなくもない。
でもさ。そんな人が お前にそこまでしてくれるって…おかしくない?」


…思いがけない反応。
早口で一気にまくし立てられ、俺はその場で 固まってしまった。
明らかに しょおくんの表情が険しくなっていく。

シン…と静まり返った部屋の中

テレビから流れる 音だけが
やけに大きく響いていた。

なんだか 気まずくて
言い訳じみた言葉が口から零れ落ちる。

 
「それは、佐藤さんが良い人で大人だから。
同じアパートだし…俺が困ってるのを見て、気の毒に思っただけでしょ?」

「同じ…?」

「そう。 この部屋の…上に住んでるんだ」


しょおくんの瞳が、揺れた。

一度…天井を見上げ
大きく深呼吸した後、言葉を続ける。


「…整理して良い?
佐藤さんは、バイト先のお客さんで、知り合い。その人とアパートが同じだってのは… 潤は前から知ってたの?」

「そんなの、知らなかった!
雨が酷かったから送ってもらって…
そうしたら、偶然 同じアパートだったってだけだよ。
自転車のことだって、単に気の毒に思っただけだと思うよ?」


顔はこちらを向いているのに、しょおくんと視線が合わない。


「ねぇ、しょおくん」

俺は  しょおくんの背中に手を回して、ギュっと 強く抱きしめた。

…あぁ、この顔。知ってる。

決して 俺の事を信じてない訳じゃない。
でも…頭の中を 言いようのない不安が駆け回ってるんだ。


「……しよ?」


躰を合わせれば、俺たちが何も変わっていない事が分かるから。

だから…


近づけた唇は 

触れる事なく…離れていった。


「ごめん。このまま お前を抱くと、優しくできる自信がないから。
…今日は帰るよ」


背中を向けたしょおくんが…
ドアの向こうに消えた。



つづく





miu