7月末の遅い午後、
私はいつもの公園を歩いていた。

 

前方にベンチがあり、座っている男性がいる。
私がそこを通り過ぎようとしたとき、
その男性がいきなり立ち上がり、
私の前に駆け寄り、こう言った。

    

   「ここはなんで、こないに鳥が多いんや?
    入り口に、ここに来る鳥の写真 
    よおけ貼ってあるやろ。
    他の公園とか俺の住んでるとこでは
    殆ど 見ーへんで。」

 

 

こんな場合、普通は
「あのー」や、「ちょっとすみません」など、
ひと声あってしかるべきだろう。
しかもコロナ禍にマスクもつけず
いきなり目の前に飛び出して来られ
私は思わず身構えた。

しかし言っている事は

「危ない人」が話す内容からは遠い。

 

    

    「さぁ、どうしてでしょうね。」
    「街中にしては樹が多いからじゃないですか。」

 

 

そう無難にかわすことも出来たが、

それがはばかれる程真正面に立ち、

子供の様な一途な視線を送る男性に
これはちゃんと話さなければと思った。

 ◆樹木を主体とした公園で、実のなる樹や
   餌となる昆虫が好む樹が多種多様にわたり植えられている。
 

 ◆小規模であるが水際を好む鳥類の為の水路が導入されている。
 

 ◆街の北方には渡り鳥が飛来する大規模な池が有り
  小さいながら、ここも渡りの中継地になっている等々。

 

鳥が集まる理由として
自分なりに分析した公園の特徴を話し終え、

その場を離れようとしたとき、
目の前にヒラヒラと蝶が現れた。

彼はそれを目にするや否や

 

 「蝶もよー見るわなぁ!」 

  男性は再び高らかに言い放った。

 

 

身体に比例して、声もデカイ…

蝶に対してどんな疑問をぶつけて来るというのだ。

嫌いじゃない話題だからまぁいいが…。

 


「そぉ~や~、蛹から蝶になるて不思議やろぉ〜。」
「あんな芋虫が蛹になって、その中で羽を作ってるんやろぉ~。」
「ほんで蛹の殻を割って蝶になって出て来るて凄いやないか!!」


 

「俺、その瞬間、いっぺんでええから生で見てみたいわー!!」


この最後の一言で私のテンションが急上昇した。

実は私は長年に亘り蝶を飼育している。

携帯にはたっぷりとビデオが入っているのだ。

 

その場で彼のお望みの瞬間を堪能してもらったが

ひとつ残念なことには、
説明に夢中のあまり、私は男性の感動の表情を見そこねた…。

 

これで男性との会話は終わった…
のはずだったが…

 

 

男性が妙に改まり、声を落として話し始めた。
 
  
  「なんであんたに話し掛けたかって言うとな…」
  
  「俺がここに来た時、あんた、あそこで木を見上げてたやろ?」
  
  「それもずーーーーっと、長ぁーいこと見てたやろ?」

  「いったい何をしてるんや?!」

  「何をじーーーっと見てるんやーって…」

 

  「すごーい気になっとったんや。」

  

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なるほど、そういう事だったのか…
時間を戻してみよう。

 

 

その日、最初に私が訪れたのは

雑木林を模して造られた小高い場所で、

私はその縁に生えているクスノキの下に佇んでいた。

 

 

ベンチはこちらに背を向ける形で設置してあり
男性が座る時に小山にいる私が視界に入ったのだろう。


暫くすると男性が一度振り返り、

その後、あからさまに何度も振り返ったので
私もいやおうなくその視線に気付かされた。

しかし自分の目的を中断することなく終え、

その時点で、もはや彼の存在すら忘れ、

スタスタとベンチの近くまでやって来たのだ。


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男性の第一声、
「ここは何で鳥が多いんや?!」

という質問は、いきなり

「あんた、あそこで何してたんや!?」

とは聞き難いので
取り敢えずの関心事である

鳥の話から始めたということなのだろう 。

 

 

「あそこに何かあったんですか?」

私だったらダイレクトにそう訊ねるかもしれない。

ひょっとしたら待ちきれず

近くまで見に行ってたかもしれない(爆)。

 

大胆と思っていた彼にシャイでナイーブな面があり

人見知りな私が大胆にふるまう面を持っている。

(…人間っておもしろい…)


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彼に本心を吐露され、

あそこで何をしていたのかを話した。
男性の顔に今日初めて、

おだやかな安堵の微笑みがこぼれた。

 

これは長いエピソードなので

内容はいつかまた書きます。


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ところで、私が気になったのが、
会話の中で男性が何度も口にしていた

 「俺は年寄りやさかい。」 というフレーズ。

 「年寄り」というイメージは人それぞれ捉え方はあるが

 彼は何をもって自分を年寄りだと言っているのだろう。

 

 

そのいでたちは屋外の仕事と思われる作業服につっかけ。

豊かなシルバーグレーの髪は無造作にかき上げられ、

日に焼けた浅黒い肌の目尻にシワはあるものの、

佐藤 浩市にも似た眼力強めの顔立ちは

好奇心に満ち、

私には年寄りというイメージは浮かばなかった。


 

思い切って彼の年齢を尋ねた。
…うわ、弟やん!! (;'∀')


最後に彼は、残念な、
でもまぁ、しゃぁないな という表情で、

 

 「こんな蝶や鳥の話は 他人…特に男でする奴は

  俺の周りにはおらんのや…。」
 

 

 「ナイスやで、”姉サン”…

  またいつか会えたら話そ。」


そう言い放ち、チャリにまたがり

後ろ手に手を振りながら 夕陽の中へ去って行った。

 

 

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あれから4か月。

秋へと色付く公園へ行く度、

彼と出会った場所を最初に見て回るクセがついた。

 

 

心の赴くままの言動が

周囲からは少し浮いて見えているかもしれない

”おっちゃん”に私も言う。

 

 

 「また会えたら話そ。」


 


※コメントについて…有り難く頂戴致します。とても嬉しいのですが

             お返事は致しておりません…m(__)m

新年明けましておめでとうございます。

皆様にとって今年も良い年になりますように

お祈り申し上げます。

 

今年もよろしくお願い致します。

 

 

 

2020年1月1日6時53分

 

 

当地では下の方にあった雲で

初日の出は、はっきりとは見えず。

 

TV「羽鳥真一モーニングショー」

の画面を携帯で撮影。

 

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更新遅いブログですが、

これからも長い目で見て頂ければ幸いです。

 

 

 

 

近くの都市緑化公園で

撮りだめた写真は

ピグパに掲載していますが。

ここでもアップします。

植物全般と

そこに集まる生き物も…

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11月の末にサツキの植え込みの上で

日光浴をしているカマキリを見た。

今年は暖かい秋で

ちょっかいを出すと、

元気よく突っかかって来ていた。

 


 

 

それから2週間ほど経った

12月の初旬、

ローズマリーの茂みの上で

じっとしているのを見つけた。

実は前日もここで見て、

今日もいるのではないかと

覗いてみたのだ。

 

今日は風が冷たく強い。

カマキリの動作が

随分とスローになっている。

これは、日頃触りたくても

ちょっと怖いカマキリと

触れ合えるチャンスではないか…

 

ふと、そんな思いがよぎり、

後ろからそ~っと胴体を掴んでみると

暴れる事もなく

拍子抜けするほど

すんなり掴めてしまった。

 

先月までは眼光鋭く、

俊敏で強烈なパンチの持ち主は、

初冬の風に触角を

右へ左へと流されながら

置いたマフラーに

しがみついている。

 

 

 

 

 

手に載せると

落ちない様に

踏ん張っているだけなのに、

大ガマの裏に

ずらりと並んだトゲが

指に食い込み

結構痛い。

 

 

 

なるほど、本気で掴まれたら

どんな虫もカマからは

逃げられないわ(^^;)

 

更に、コートの肩に掴まらせ、

公園内の散歩につき合って貰った。

休憩はベンチに座り、

彼、いやこんな時期まで生きているから

「彼女」は膝の上。

 

 

 

子供たちが通りかかったら

見せてあげようと目論んだが

あいにくこの日は

ウォーキングする人さえまばら。

 

肩から腕に移動するカマキリを

見下ろしながら再び歩く。

 

木立の隙間を渡る風に乗り

工場の終業時間を告げるメロディーが

聴こえて来た。

 

ローズマリーの茂みに戻り、

鳥に見つからぬよう

枝の間に戻すとしよう。


翌日、

その場所に姿はなかった。

 

 

カマキリは自然のままでは

冬は越せない。

夕べの内に

風の当たらぬ場所へ移動して

永遠の眠りについたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮やかな姿を前に

私は茫然と立ち尽くした。

 

 

 

 

初秋から晩秋へと

蓄積したエネルギーを

日々放出し、変貌し続けるナンキンハゼ。

 

 

今、その色を何に例えよう。

 

 

柿色、橙、茜、紅赤、真紅、紅玉、青紫、小紫、

葡萄色、海老色、赤銅色、臙脂色…

 

 

色相の、 彩度の、 明度の

グラデーション。

 

 

1本の樹に、これ程、多彩な紅葉を見せる植物に

私は出会ったことがない。

 

 

 

 

 

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名前の由来は

諸説あるが江戸時代に

種から蝋を採る樹として

中国の中南部から長崎を経由して

日本へ来たことが所以と思われる。

 

「ハゼ」とつくが

ウルシ科のハゼとは別で、

触ってもかぶれない。

 

繁殖力が旺盛で

木の近くの空地や道端に

鳥が媒体したと思われる

芽吹きをよく見る。

 

この写真の木も然り。

 

まだ幼木なので見下ろせるが

大元の木は10m程。 

 

歩道の端に根を下ろし、

歩道にかぶさるような生え方では

残念ながら

遠からず何らかの処置が

なされるだろう。

 

大元のナンキンハゼは

今、白い実をつけている。

 

この実は鳥の大好物。

シジュウカラ、ヒヨドリ、ムクドリ、カラス、

特にキジバト、スズメをよく見る。

 

 

6月の夕暮れは

いつまでも明るい。

梅雨らしくないこの頃、

吹く風は心地良く

緩やかな起伏の

クローバー広場は

踏み込むほどに

柔らかな土の感触が

身体をやさしく

受け止めてくれる。

 

小高い草地を降り、

エリアのはずれを

歩いていると

突然、得も言われぬ

甘い香りに包まれた。

 

この辺りに花は無いはず…

 

そういえば先日、

香りで気付いた

栴檀(センダン)の花

 

これはもしやと

仰ぎ見た先に

風に大きくうねる

樹木が見えた。

 

ああ、

香りは天から降って来ている!

 

 

高さ10m以上もあろう、

去年の台風で被害を受け、

樹形も痛々しいネムノキに

花が咲いていた。

 

鳥の羽の様な葉の間に

点々と残照に煌く

紅色のネムの花。

 

上空の強風に煽られ、

枝も、葉も、花も

大きく波打ち

揺れていた。

 


 

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私にとってネムノキは

見た事はあっても

身近な存在ではなかった。

香りの事も

夕方から咲くことも

一日花である事も

知らずにいた。

この場所のネムノキは

葉も花も、目線より遥か上。

香りがしなければ

花の姿は見逃していただろう

 

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ふと周りを見ると

他の木の間に倒れ込んだ

枝があった!

 

手を伸ばせば花に何とか届く!

 

頬紅ハケに例えられるネムの花。

くすぐったいけどやさしくて

ほのかに香るハケだった。

 

葉はすでに閉じ

眠りについているけれど

夕暮れに目覚めるネムの花。

夜に訪れる

誰かを待っている。

 

※主に蛾のスズメガを誘うとあります。

ハケのように見える紅色は雄しべ。

中心部に見え隠れしている白が雌しべ。

 

8年前の3月11日。
私は父の事を想いながら
過ごしていた。

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緊急を知らせる音と共に
テロップが流れ、
私はパソコンから
隣の部屋のテレビに
視線を移した。

上空から撮っている画面は
畔草に縁どられた
広々とした
早春の田畑が広がり
遠くに民家が
点在しているのが見えた。

田畑を分ける
真っすぐに伸びた車道。
そこを様々な車が
整然と走っている。

その時、画面の左端から
黒いものが見えた。
高い上空からは
紙にインクが滲みこむ様に、
アメーバが
自身を増殖するように
田畑を飲み込んでいる。

のどかな日常の田園を
物凄い速さで飲み込んだ津波。
日常が一瞬にして
変わるのを目の当たりにした。

8年という事で
震災関連の番組が増えた。

行政の支援からこぼれ落ち、
未だに今日の日を生きる事に
希望が持てない人が大勢いる。

明日に希望を持って
立ち上がる若い人の陰で
何日も誰にも知られず
亡くなる一人暮らしの
被災者がいる。

復興オリンピックと言うが、
誰のための復興なのか、
ある被災者は
怒りの声を上げている。

もう8年、
いや、まだ8年。
もう一度、
自分の事として考えよう。


関連累計2万2千人もの方が
亡くなられた
東日本大震災の3月11日は
父の命日でもある。
あの日から東北にも
想いを馳せて
私は今年も手を合わす。

 


※ 8年前に私が書いた関連記事です。よろしければ御一読下さい。

夏の終わりに…
一昨年の思い出…
 
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夕暮れに
自転車で行く
路地裏の道
 
 
茜色の空高く
風にたなびく
絹引きの雲の道
 
 
あれは
西方浄土を目指す
蝉の群れ
金色に染まり
幾万も隊をなし
飛んで行く
 
 
さっき
駐輪場の足元で
微かに動いた蝉も
羽より透けた姿になって

今頃はもう
あの雲の道
 
 
夕暮れの路地裏の道
遠目に浮かぶ酔芙蓉
すれ違いざま
一日だけの
花落とす
 
 
路地裏の道
角を曲がった大通り
閉店間際の
クリーニング屋に
盆前に着た
黒服が待っている
 
 
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酷暑の斎場で
真っ白なカサブランカや
トルコ桔梗に囲まれて
さくら色した義母の
その滑らかな冷たさが
今も私の手に残る
 
 
夏の終わり
金の光に導かれ
義母はもう
茜色の雲の上
 
 
夕暮れの帰り道
薄墨色の風は
こんなにも優しく
 
 
こんなにも
哀しい…
 
 
 

街路樹の葉が揺れて
月の光が静かに降り注ぐ秋の道。


草むらで
コオロギの声がする。
一人鳴きに紛れて
密かに聴こえる雄のささやき…


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17才の秋。

コオロギが使い分けている
鳴き声を知りたくて
部屋に連れて来た。

 


簡単な蓋をつけた
アクリルケースに
2匹の雄と1匹の雌。

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チッ、チッ、チッ


雄同士が近くで会えば
威嚇の音を鳴らし飛びかかる。
太い脚を踏ん張り、
身体を前後に揺らし
己を誇示。

 

 

リィーリィーリィー
リィーリィーリィーリィー

 

部屋中に響く大音量で
力強く、朗々と
歌い上げる一人鳴き。

 

 

スタンドの灯りの陰で
雌に近寄る一匹の雄。

 

 

長い触覚で
雌の身体を撫で回し
トーンを落とし、
やさしい誘い鳴き。

 

リーーーリーーーリーーーリーーー
リーーーリーーーリーーーリーーー


 

更にトーンを落とし、
小さな入り江に

寄せては返す波のような
ささやき鳴き。


リリリ
リ~~~リ~~~リ~~~
リリリ
リ~~~リ~~~リ~~~

リリリ

 

 

身の置き所が定まらず
昂ぶりに小刻みに震える雄と雌。
切ない音色の哀願鳴き

 

リ、リ~~~、リ、リ~~~
リ、リ~~~、リ、リ~…………

 

 

想いが叶うまで
消え入りそうな音色が続く 


リ~~~リ~~~リ~~~リ~~~


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ヒト科である当時17才の私はちょっと

ドキドキさせられた。

 

照れ

https://www.youtube.com/watch?v=k3Fa4lOQfbA

 

◆-Simplog終了に伴いこちらへ移動-◆

  

過去記事になりますが(2015年のこの時期)

Simplogではアップ出来なかった

複数写真を加え編集し直しました。

(pigg部屋日記兼用記事)

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友人の誘いで

古い自宅の庭先を改築した

喫茶店を訪ねた。

賑やかな通りから外れた

住宅街の中にあって

まるで隠れ家のよう。

 

                    庭と喫茶店への入口

 

カウンターには先客が2、3人。

古希前後の上品な女性店主と

同年齢くらいの彼女らは

おしゃべりに夢中。

 

馴染み客の様でもあり

元々の知り合いの様にもみえる。

 

…小さい喫茶店が

仲間内で占められている空間は

実は苦手…

 

私達はカウンターを背に

中庭に面した席に座った。

 

                    メニューは飲み物だけ

 

先の女性たちの話声は若い子たちの

甲高い声とは違い

落ち着いてテンポもゆっくり。

 

暫くすると踏み石を注意深く歩く

奥様を先頭に、

随分前に定年したようなご夫婦連れが入ってきた。

 

この方々もお馴染みさんのよう。

私達は話には加わらないけれど

何だか自然に溶け込んで来た気がする(笑)

 

木々の緑に抱かれたこの場所は

時間がゆっくり流れている。

 

飲み物が空になると

日本茶を出してくれるのが嬉しい

 

支払い時、ほぼ初めての私達に、

お釣りが無いのでお代は次回にでもと言う。

お殿様ならぬ

奥方様商売とでも言うのだろうか

何とも余裕の対応 (笑)

 

その後ひと月の間に二度訪れた。

それは店主の人柄だけじゃない。

純白のライラックや

バイカウツギの揺れる中庭を

また見たかったから

 

 

                        ライラック

 

                      バイカウツギ

 

                        シジミソウ

 

                     シジミソウ拡大

 

 

梅雨の頃にまた訪れてみよう…

 

 



 

 

 

(1)夜の外出

 

10歳の頃、夕飯が終わると

父は末っ子の私を

自転車の後ろに乗せ、

ある場所へと向かった。

 

町外れ迄の道は

舗装されていないデコボコ道で、

突き当たりに銀髪のススキの群れが

覆いかぶさる様に立ちはだかり、

その足元を右へ曲がると

市の中心部へ向かう

舗装されたバス道路になる。

 

ここから父の背中は

少し前屈みになり、

肩を左右に揺らし、

ペダルを強く踏み込んだ。

 

風はオカッパの髪を

勢いよく後ろに散らし

私は握っていた

サドルの後ろの鉄の輪から

父の腰に手を回した。

背中に頬を押し当てると

父の温もりが心地良く伝わり

瞼が重くなる…

 

その瞼の隙間に

次々と電柱が現れ、

白熱灯の灯りは

夜に沈む家の軒先や

工場の灰色の塀や

その横を流れる

クリークの黒い水面を

浮かび上がらせては

闇に連れ戻した。

 

回した手が次第に冷え、

道沿いに数件の建物が

寄り添う辺りへ来ると

道まで明かりが漏れている

一軒の前で

自転車はゆっくり停まった。

 

格子ガラスの

引き戸を開けると

両壁と真ん中に

背中合わせの本棚が

2列程あるだけの小さな本屋。

 

吊り下げられた電球の傘の下は

柔らかい灯りで溢れているが

上の棚は仄暗い。

 

奥の階段裏の隙間に

机が置かれ、

そこに背中の丸いおじさんが

一人、店番をしていた。

 

私が手に取ったのは

一冊の薄い本。

それを真ん中に

頭を寄せている三人の姿が

縁をぼかした

絵本の挿絵の様に蘇る。

 

 

あの時何を話し、

何を買ったのだろう…。

 

 

随分後になって思った。

古色蒼然とした雰囲気は

遠い思い出だからではなく

あれは古本屋だったのではないか…。

 

いずれにせよ

その後も数回ここを訪れた。

思い出すたび気になったのは

何故、いつも

夜を選んで出掛けていたのか…

 

大人になるにつれ、この思い出は

小骨が喉に刺さったままの様な

鈍い痛みを伴うものだった。

 

理由を知り得たのは

父が亡くなり、

そのまた数十年後。

 

明言は避ける。

言えるのは

父はずっと正しく生きてきた。

そしてどんな時も明るく

どこから見ても

私にとってナイスガイだったという事。

 

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サイドストーリー(おまけ)

 

遡り、もっと、もっと幼い頃、

この道を家族の誰かと

町から戻るバスの車内。

 

ヘッドライトの先端は

次々と闇を浸食するが

その先もまた闇ばかり。

車内は薄暗く、

エンジンの音以外

何も聞こえない。

 

一番前に立つ私は

フロントガラスの真ん中で

小刻みに揺れる

切子風一輪挿しの青い煌めきと

そこに活けられた

鮮やかな花に心奪われた

 

今見れば何でもない光景が

闇とエンジン音を背景に

幼心に強烈にインプットされ

今でも忘れられない原風景になっている。