お久しぶりです!
札幌はほぼ日常を取り戻し、スーパーにも少しずつ食材が充実し始めています。
節電も解除されて、被災地の方々には申し訳ないくらいいつも通りの生活を取り戻しています。
震災の瞬間わたしと娘は当然眠ってたんですけど
『あ、揺れてる~地震だ~』と思ってるうちに
みるみる揺れが強くなり
すぐおさまるだろうと思っていたら強くなった揺れは長い時間続き
娘は恐怖で身を丸め、わたしはその上に覆いかぶさりました。
幸い我が家は何も倒れたり落ちてきたりはしなかったんですけど
いや、わたしの帽子が落ちてきたかな
あまりに強い揺れにとにかくとっさに思ったのは、海沿いの人たち大丈夫なの?!ってことでした。
札幌は地震なんてこない都市だと思ってたので
その札幌でさえあんなにも強く揺れたのだから
震源地の海沿いに住んでる方々は大丈夫なのかって、海沿いにこれといって知り合いいるわけじゃないのに心配になりましたね。
その約15分後には停電し、回していた扇風機がスゥーっと止まりました。
近辺に住む姉や仲良しのママ友たちに連絡し無事を確認し、みんな口を揃えて『水も出ない』と言うので
わたしも蛇口をあけてみたところ
いつも通り元気いっぱい水がジャージャー出てきました。
これは本当に助かりました。
姉もママ友もみんな旦那さんがいるので、旦那さんが震災直後即座に買い出しに出てくれてるようでした。
近所のドラッグストアは入場制限をするくらいの大混雑で、コンビニももう商品が何も無く棚はガラガラとのことでした。
わたしはひとりですから、娘とふたり自宅にいましたが、こういうときに配偶者がいたらいいのにと思いました。
大地震に直面して、はじめて配偶者がいたらいいと思いました。
その日出勤予定だったわたしは娘とともにとにかく眠ろうとしましたが眠れるわけもなく、静かに朝を迎えました。
水が出ないお宅の方々に朝7時からトイレを貸し、電気がないのでモバイルバッテリーで携帯の電池をなんとか確保し、職場や保育園と連絡を取り合いました。
震災の日は北海道全域停電していたので、仕事は当然休みになりました。
保育園も休むところが多かったようですが、娘が通う保育園は停電と断水で給食が作れないので、お弁当と飲水を持参での登園になりました。
保育園は休ませました当然
きょうだいたちで集まって、わたしの家で過ごしました。
途中電波もなくなってしまって、近くの公園にみんなで散歩がてら行きました。
たくさんの人が外でスマホをいじっていました。
みなさん電波難民でした。
そして15時頃、姉の家には電気が戻りました。
いちばん最初に電気復旧した家庭のひとつだったように思います。
わたしたちはこぞって充電させてもらいに行きました。
娘はとても眠そうでした。
姉はごはんを作ってくれようとしましたが、わたしも娘も食欲がなく、いただきませんでした。
わたしと姉の家は徒歩5分圏内の近所なので、わたしの家も電気が復旧していることを期待して、帰宅することにしました。
札幌は真っ暗でした。
帰宅すると電気は復旧していませんでした。
家の中はしんと静まり返り、真っ暗でした。
娘は床に座り込み、静かに泣きました。
こわいこわいと泣きました。
電気がないと何もすることができず、早々と布団に入ることにしました。
この日は余震が何度も何度も続き、わたしも娘も疲れていましたが、なぜか眠れませんでした。
そして翌日明朝には電気が戻っていました。
ほっとする瞬間でした。
起床した娘は電気がつくのを見て飛び跳ねて喜んでいました。
この日はわたしの内科の日でした。
娘にお弁当とお茶を持たせて保育園へ預けました。
大きい地震がきたらちゃんと先生の言うことを聞いてねと約束しました。
病院はいつもよりとても患者さんが少なかったです。
地下鉄もJRもまだ止まっていましたし、患者さんも来られないのかもしれません。
医療現場で働く方々はこんなときでも人のために頑張っていて、本当に頭が下がる思いです。
今回の受診では薬は1週間分しか処方できないと言われました。
物流が滞っているために、薬の確保が難しいからです。
症状が悪化しているので強い薬に変わりました。
来月CTもやることになりました。
保育園へ娘を迎えに行くと、10人にも満たない子どもたちが、薄暗い部屋の中でおやつのおせんべいを食べていました。
なんだか心苦しくなる光景でした。
土曜日に予定されていた運動会もできなくなり、娘は保育園生活最後の運動会なので、とてもがっかりでした。
わたしたちはこうして震災の日や震災直後を過ごしたのですが
震源地に近い町の方々は亡くなられた方もたくさんいて
避難生活されてる方々も未だにたくさんいて
誰にでもこうなる可能性はあって明日は我が身で
今は興味本位で液状化を見に行ったり写真撮りに行ったりする人間としてどうかしてる不謹慎な輩もいますが
みんな助け合って生活を支え、働くことで復興に繋げる。
日常のありがたみや、人々の仕事は必ず誰かのちからになっていることを改めて感じました。
防災グッズ用意しておいたほうがいいですね本当に。
震災の日。
娘はずっとヘルメットをかぶっていました。
きっととてもこわかったと思います。
お天気はとてもよくてそれだけでもありがたいことでした。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。
