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「ほらもっとこいでこいで!」
「はいはい……」
「返事は大きく一回!」
「はい!」

つい勢いよく返事をしてしまった、条件反射で。
朝っぱらからこの二人分の荷重のかかった自転車を前に進ませる。
俺は今そういうマシーンです。

一人分の荷重として俺の自転車の荷台に堂々と腰掛けてやがるのは、木崎ゆりあ。
サッカー部マネージャーである。
マネージャーと、ケツを叩かれる弱小部員の俺。
そんな関係がここでも出てしまって、素直に従ってしまった。

「大原さあ、後半転ぶこと多いじゃん?」
「そうだっけ」
「筋力不足なんだよ。これから毎朝私の送り迎えねー」
「……ゆりあさあ」

そう言いかけて言葉を止める。
信号のない交差点でいったん止まって、左右を確認したからだ。
慎重に、また走り出す。
あ、ちなみにゆりあと呼び捨てしてるのは俺だけではない。部活の人間はみんなだよ。
自転車をこぐのがしんどくなってきた俺は、言葉を続けなかった。
ゆりあが聞いてくる。

「さっきいいかけたのなに?」
「あー、まあ、いいや」
「気になる」
「ゆりあ、スライムに似てるよね」
「なにそれ」
「ドラクエってやんない?」
「うん」
「今度見せる」
「変なのじゃないよね?」
「マジかわいいよ」
「ならよし」

俺のパワーが尽きかけたところで、ぎりぎり校門通過。
校内で少し冷やかされたりもしたけれど、私は元気です、じゃなくて完全に疲れてて対応できないです。
ゆりあは誰に対してもこんな感じだしな。
少なくとも俺みたいなのが恋愛対象じゃないのは、高校入ってからの1年間の付き合いでわかってる。

そんなフツメン・弱小部員・勉強並の俺が、主人公大原陽一です。


自転車置き場に到着。
途中で降りりゃいいのに、ゆりあはずっと乗ってた。
不思議には思ったがいちいち聞かなかった。
ゆりあはぴょんと飛び降りる。バランス崩さない。
マネージャーのくせして俺より運動神経いいだろこいつ。

自転車のスタンドを立てて、ゆりあの鞄を手渡した。
ゆりあはちらちらと左右を気にしてる。近くに人はいない。

「どした?」

ゆりあは少しこっちに顔を近づけて、小声でささやく。

「あの子の、情報手に入れたよ」
「マジか!?」
「へへ」

ゆりあはちょっと得意げだ。

「ただのスライムからメタルスライムに昇格だな」
「?」
「ま、まあそれはいいや」

ドラクエ話はゆりあに通じないんだった。
なので本題に戻すと。

あの子、というのは隣町で出会った俺の天使だ。
部活の対外試合で出向いた先、急遽トイレを探して別行動した俺は道に迷ってしまった。
あわや相手の高校へ辿り着けないかと思った矢先、天使に救われたのだ。
顔や姿形というか、その後光に包まれたような優しい雰囲気を忘れることができない。

「にやけてんだけど」

ゆりあにそう言われて、急遽顔を元に戻す。

「……んで情報は?」
「タダだと思ってんの?」
「漫画の新刊でいいですか」
「よろしい」

ゆりあと俺の共通の趣味は漫画なので、こういうやり取りのとき出てくる物品は決まっている。
それほど好みが合うわけじゃないが、お互い貸し借りして読み漁っている。
俺が貸してゆりあが気に入ったものもあるし、ゆりあに押し付けられて気に入ったのもある。
面白い少女マンガもある、ということはゆりあに教えてもらえなければ知らなかった。

だいたいさあ、とゆりあは言った。

「ヒント少なすぎ。あの辺から通えて、紺ブレ着てる高校なんて10はあんだよ?」
「仕方ねーだろ。後光がまぶしくてあんまり覚えてないんだから」
「はいはい。で、背がちっちゃくて細くて顔がめっちゃ小さくてツインテしてたんだよね」
「そう」
「港勇館はセーラーだもんね」

港勇館とは、部活でいった高校だ。

「だからあの高校の子じゃないんだよな」
「でもあの辺りには詳しい子」
「あそこ住宅街だからな……」

港勇館は住宅街の真ん中に佇む高校なのだ。
近くに住んでるとしても、家が多すぎる。

ゆりあがちらっと時計を見た。

「あ、時間やばい! 続きは昼休みねー」
「ち、ちょっと情報くれ!」
「ざっくりいうとだ、それっぽい子が浜城台でバイトしてる」
「おお。何の店?」
「じゃばいばーい」
「おい! ゆりあ!」

ゆりあはにやけた顔しやがって、ひらひら手を振って先に行ってしまった。