坂東裕次郎。
彼を端的な言葉で表すと『イケメン』である。
だが、ちょっとばかし性格がひねているので、女の子が寄ってきても素直になれないのであった。

もっとも、坂東はこう思っている。

――だいたい自分から寄ってくる女なんて可愛くねーんだよ。
  可愛くてもうるせータイプだし。
  俺はおとなしい子がタイプなのによ。

この坂東、ちゃらけた外見に見られるせいか、派手めの女の子が似合いそうなものだが、
実は本人、とにかく地味ーな女の子が好みなのであった。
あんま喋んないような、静かに詩集とか読んじゃってるようなの。

そしてそんな性格の女の子は、天地がひっくり返っても、地球が止まって太陽が動き出しても、
自分から男子に話しかけるようなことはない。
坂東もひねているから、自分から好きな女の子に話しかけられない。

よって、イケメンなのに彼女がいない、という解に至るのであった。


坂東は最近の日課である、河川敷での早朝弾き語り、を実行すべく玄関から外に出る。
坂東の家は川沿いなのだ。
秋の学園祭に向けて練習に余念がない。

本当はギターだけ弾いていたい坂東なのだが、イケメンゆえか周りからボーカルに推されてしまった。
ギターボーカル、ということで了承し、
苦手な歌を何とかすべく親父のアコギ(アコースティックギター)を持ち出してきている。

アコギを抱えて橋の下の練習ポイントへ向かう。
なにやらサックスの音が聞こえてくる。
珍しく、というか初めて、先客がいた。

――女だ、中学生か。

と坂東は思った。
中学の吹奏楽部員が練習でもしてんのか、別の場所探すか、などと考えていると、
女の子はサックスをケースに片付け始めた。

――よし、片付け終わったら俺が行って練習しよう。

と坂東が思っていると、女の子はケースにしまったサックスを肩に背負ったはいいが、
自分の鞄を置いたまま帰り出したのだ。


「おい、忘れてんぞ!!」

坂東の口を思わずついた言葉がこれだった。
自分の練習場所に忘れ物されちゃ困る、邪魔だ、というのが坂東の感情だったが、
結果親切な行動になってしまったことに、まだ本人気づいていなかった。

女の子はびくっと振り向いた。

「あ、すいません……ありがとうございます」

そしてそのまま鞄を持たぬまま帰ろうとする。


坂東は鞄を渡そうと手に取った。

「だから鞄……んだこれ、すげー重いな……」
「あ、楽譜とかいろいろ入ってて」
「詰めすぎだろ」
「いっぱい持ってきちゃった」
「なんでこれ、置いてくんだよ」
「家にあると怒られるんです……。受験だし、楽器なんてやめろって」
「あー中3ね」
「……高2です」
「同級生!?」

女の子は坂東のリアクションにムッとしたのか、生徒手帳を開いて見せてきた。


『2年D組 島崎遥香』


「ほんとだな、ってか同じ高校かよ……」
「え、うそ」

今度は坂東が生徒手帳を開いて、島崎に見せた。


『2年E組 坂東裕次郎』


「あ、ほんとだ」

坂東は生徒手帳をポケットにしまう。

「とりあえずさ、やっぱ鞄持って帰ってくんねえ? 人のもんあると集中できねえ」

島崎は無言で首を横に振った。
こいつ……、と坂東は思いながら、目の前の女の子と他人の楽譜をどうしようか考える。

「あ、吹奏楽部。部室に置きゃいいだろ」
「部員じゃないです」
「じゃあ俺が吹奏楽部の先生に頼んでやるから。楽譜置かせてくれって」
「ちょっとそれは」
「なんだよ」
「私、元部員なんです。いろいろあってやめて……」
「元部員なら大丈夫だって」
「むりです」
「俺もさあ、お前が、いつ楽譜取りに来るかと思うと練習できねえの!」

島崎は、お前が、って言われたところでびくっとなった。
それに気づいた坂東。

「あ、えっと、島崎、さんがさ、突然きたらやりにくいんだよ」
「でも、重くて持ち歩けないし、まだいっぱいあるし」

小さい声でとつとつと喋る島崎だが、その意志は固かった。
この女、気弱そうな顔してけっこう頑固だな、と坂東は思った。

「分かった。俺んちこのすぐ傍なんだよ。車庫に使ってねえ棚あるからそこに入れよう」
「え」
「こんなとこ置いとくより痛まないし、サックス吹きたくなったら俺んちの車庫から抜いてくりゃいい」


島崎は返事に困ってるようだったが、坂東は押し切った。

「俺も今日の練習してえから、ひとまずこれで行くぞ!」

「鞄おいてけ、しまっとくから!」

「歌聴かれたくねーから離れてくれ!」


立て続けの命令に島崎はおろおろしていたが、最後の言葉で、少し笑った。