ばあちゃんが逝く | 英語できない資格もないパパ & 村上家の4姉妹 オランダ移住物語

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先週の日曜、オランダの午前中、移住の下見のお客さんを案内していたところ「おばあちゃんが亡くなりそうだ。」と妻から連絡が入りました。

 

入居先の老人施設で急に体調が悪くなり、救急車で病院に運ばれ心筋梗塞と診断されたそう。

 

ひどい台風だったのと日曜日ということもあり最低限の処置は受けたものの当直の内科医だけではそれ以上はどうにも出来なかったらしく、そのまましばらくして心肺停止したそうです。

 

父方の祖母で享年93歳。

 

前日まで元気だったのと搬送されてからも意識があったそうで、まさかそんなにすぐ逝くとは夢にも思わなかった付き添いの父が、入院の準備をしに家に帰っている間にあっけなく息を引き取ったそうです。

 

神戸市北区の鈴蘭台という町でじいちゃんが亡くなってから約30年程一人暮らしをしていて、スーパーかどこかで転倒して腰の骨が折れてしまったことを機にここ1年近くは神戸市東灘区の僕の実家に、僕の父母と一緒に住んでいたのですが、認知症が進行しており、オランダから何かの用事で実家に電話をかけた時にばあちゃんが出て「〇〇(父の名)か?どこにおるの?早く迎えに来て。」と。

「ばあちゃんの孫の△△やで!分かる?〇〇の息子やで!」と大きな声で伝えても「早く迎えに来て!」の一点張りで、もーえーわと電話を切ったのが最後の会話でした。

 

認知症はどんどん進行しており、息子(僕の父)ぐらいしかもう判別が付かず、うちの4姉妹、すなわちばあちゃんのひ孫ともお宮参り等のイベントで割とよく会っていた印象ですが、「この子は誰の子?」と何度も何度も繰り返すのを聞きながら「あーもう俺のことも分からんのやろなー。」と悲しいと言うより不思議な感情の方が大きかったです。

 

母方のばあちゃんは僕が高校生の時にガンで亡くなっており、京都の綾部という町にある母の実家で行われた葬儀では、直前まで全く平気だったのに式が進むにつれ涙が止まらなくなったのを覚えています。

 

父方のばあちゃんとは僕が小学校にあがる直前までその鈴蘭台で一緒に暮らしており、離れた後も休みの日や正月には必ず鈴蘭台のばあちゃん宅に行き、おせちを食べてお年玉をもらい、従姉妹や親戚とワイワイ過ごした思い出の場所です。

 

それからも高校の水泳部のメンバーと泊まりに行ったり、バイト仲間と急に押し掛けたり、バンド合宿をしたり、マネージャーをやっていたバンドの関西ツアーの拠点にしたり、ばあちゃん家には思い出が詰まっており、ばあちゃんというと鈴蘭台にある長い坂の途中にある角地の一軒家がセットで浮かんで来て、ばあちゃん自身も大切な自身の家としてそこに居続けた愛しい我が家だったようです。

 

お通夜と葬式は町の葬儀会館で行われたのですが、病院から遺体を運ぶ時にその鈴蘭台の家を経由して葬儀場に向かったと父が教えてくれました。

 

ばあちゃんの訃報を聞き、もちろん帰国の準備の為に妻に航空券を調べてもらいましたが、うちの家族6人分となると乗り継ぎ乗り継ぎで当日便で約120万円!翌日でも約60万円!

 

しかもお通夜はそもそも間に合わず、お葬式の途中に間に合うかどうかという状況だったので、僕一人で緊急帰国することに決め、妻に航空券を探してもらうもそれでも直行便で往復約15万円。

 

ドライバーサービスの予約も毎日入っていたので、お客さんに事情を説明してキャンセルしてと段取りしながら、その日の業務を遂行していたのですが、父は「無理に帰って来なくてもよい」とのこと。

 

極めつけは母の「もったいない!帰って来なくてよい!」との鶴の一声で、帰ることは断念しました。

 

オランダに移住したことによって身内に不幸があった時にどうするか?という問題は常に付きまとうのですが、うちも特にこれといって確固たるポリシーや緊急時に使えるお金の余裕も準備出来ている訳もなく、情けないけど「断念」というよりも心のどこかで「来なくていい。」という言葉を待っていたのも事実でした。

 

初めて正社員として勤めた某芸能事務所の尊敬するN社長からの「世話になった人の結婚式には出なくても、葬式だけは絶対出ろ!」という教えがあったのですが、今回は身内とはいえ、いきなりそれを実行出来なかった不甲斐なさと、神戸から遠く離れたオランダという地でばあちゃんと鈴蘭台の家との思い出を思い出しながら、仕事に向かう車の中で一人少し泣きそうになりました。

 

 

ただあまりにも離れ過ぎて実感が湧かなかったのですが、翌日の朝7:00、子供達が学校へ行く前に父とLINEビデオ通話をつなぎ、せめてもという想いで孫達4姉妹の元気な姿を見せることにしました。

 

丁度火葬場にばあちゃんのお骨を拾いに向かうマイクロバスからの中継で、久々に話す小学校1年生の甥っ子が4姉妹に「あんな、ひいばあちゃんおったやろ? ひいばあちゃんお亡くなりになったんやで。」という言い回しと、初の身内のお葬式という事象に長女と次女は声を揃えて「骨見せてー!」と無邪気に叫ぶさまに思わず吹き出してしまいました。

 

現場との温度差はあったにせよ少しでも和んでもらえればと願い、とにかく気持ちだけは火葬場に送りました。

 

父曰く、ばあちゃんはとても綺麗な死に顔だったそうです。

 

葬式にも出れず本当に申し訳なかったですが、次日本に帰った時には必ず手をあわせに行くので待っててな、ばあちゃん。

・・・ちょっと僕らしくないキザな締め方ですね(笑)

 

 

 

 

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