そして大阪へ | 英語できない資格もないパパ & 村上家の4姉妹 オランダ移住物語

海外移住決意に至るまで、遡ること2011年6月。

次女が誕生しました。

 

2009年の長女の誕生を機に、両親の厚い支援のお蔭で東京で新築マンションも購入し、仕事がない週末には家族で公園に行ったりディズニーランドに行ったり。

 

仕事はドップリ、タレントのマネージメント等で奔走する毎日でしたが、充実していて幸せな生活を手に入れたという感じでした。心に余裕があると全てに連鎖するといった好循環でした。

 

が、次女がBCG予防接種を受けた後そこから原因不明の菌が入り、高熱にうなされ、東京医科大学病院に緊急入院することになってしまいました。

 

入院期間は未定で、幼児専用の隔離病棟で1日の付き添える時間は4時間だけという状況でした。まだ生後数ヶ月程の次女は訳も分からず悲しそうに見え、大変不憫でした。

 

大阪から義母さんが応援に駆けつけてくれ事なきを得ました。次女も2週間程で退院となりましたが、緊急入院当日は妻が次女に付き添い、泣きじゃくる長女をムリヤリ僕の職場に連れて行ったり、翌日は妻の友人に長女を預かってもらう電話をかけまくったりなど、不測の事態に慌てました。

 

そんなある日、妻から「大阪に帰りたい」と申し出がありました。

長女の幼稚園を探したり、今後の子育てを考えると、故郷で育てたいというのは至極当然だと思いましたし、自分も心のどこかで将来的には関西に帰りたいという気持ちがありました。

 

ですが、10年以上積み上げて来たこの仕事のキャリアや人脈をリセットするには勇気が必要でした。妻は僕がこの仕事を好きなことを重々知っていたので、単身赴任という形でもと提案もしてくれましたが、娘たちと離れて暮らすということはあり得ませんでした。

 

考えた末、2011年11月、関西に帰ることを決意しました。

マンションを売る段取りを整えながら、会社に辞意を伝えるタイミングを探っていましたが、2012年1月、会社の今後の方向性の話し合いの中、ここしかない!と辞意の意向を伝えました。

引き継ぎ含め3月いっぱいで退社ということに決定したので、急いでマンションの売却と次の職探しです。

 

それからはマンションも希望額での買い手が決まりましたし、仕事も同じ業界内でいくつか声をかけていただいた中で、大阪勤務で尚且つ給料面も前の職場より上がるという栄転状態で2012年5月、約15年暮らした東京を離れ、大阪の妻の実家近くに引越すことが出来ました。

 

腹をくくればそのように動き出すものです。

 

この経験が、今回の海外移住決意の源となりました。

 

 

 

 

 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村