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あてな手稿

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今年8月の自殺者数が1800人を超え前年の8月と比べても15%ほど増えていると記事が回ってきました。たまたまか一緒に自殺を試みる女性に声をかけるようなイラストも回ってきたり、それを見て先日一緒になった人が友人が自殺したなど話を思い出しました。
そんな話題がきたので、今回はシビアな話題ではありますが自分の考えを書いていこうと思います。

あくまで自分の考えです。不快だな嫌だなと思った場合すぐにブラウザバックや閉じることをおすすめします。


「生きていればもっといい人生があるよ」「周りに迷惑がかかる」「自殺なんてしちゃだめだ」、「なんで自殺をしてしまったんだ」や悲しいというニュアンスの言葉。これらの言葉を聞くたびに思うことがあります。

自殺する人をそんな言葉で追い込んでどうするんでしょうか、ということです。おそらくなぐさめの言葉だと思って言っている人もいると思います。しかしそれが傷つける可能性があるということに気づいてほしいです。

 

自分も自殺を考えていた一人であくまでその経験から自分の考えの中で前提として思っていることから説明していきます。

まず健常者と考えがまったく違うということです。普通や常識が通用しないと思っていいです。

それをもとに先ほど書いた言葉をあくまで自分の考えで説明していきます。

とてもシビアな問題なので、「あくまで自分の考えである」ことをごり押しています。

 

「生きていればもっといい人生(いいこと)があるよ」→今が絶望の状況であるのに、その絶望の中でさらに長く生きなければいけないのか、死ぬ方が楽と考えて自殺を考えた人間にさらにその辛い道を歩ませようとするのか。もっと先のことを言っているのかもしれないが目の前の今をどうにかしたいのに未来のことを言うのはそもそも話がかみ合っていない。

 

「周りに迷惑がかかる」→今のままでも迷惑がかかっているんじゃないか。自分が生きていることで迷惑がかかっているんじゃないか、そして死ぬことすらも他人に対して迷惑に思われる。どっちみち迷惑と思われるなら死んだ方がマシ。そして自分が死んだあとなんかもう自分は存在しないのだから関係ない。

 

「自殺なんかしちゃだめだ」→なぜ?なぜ自殺してはいけないのか。これは自分の人生で他人に言われる筋合いはない。

 

これらの言葉で共通しているのが抽象的であること、本人中心にではなく他人中心であることです。だから?なぜ?と思ったり今自分を助けてほしいかもしれないのに、周りへの迷惑が~もっといい将来が~ってそもそも論点が違います。
周りに合わせて苦しくてその状態になっているかもしれないのに、死ぬときになってまだ周りのために動かないといけない、もしくは強制されていると感じることもあるかもしれません。
そんなことまで言ってないとかそんなつもりで言ってない、なぐさめの言葉として捉えるのが普通または常識でしょと考えるかもしれませんが、書いたように健常者と言える人の普通や常識は自殺を考えている人へ通用しないと思っていいです。
 

それならどう声をかければいいかと思う人もいると思います。実際言うと下手に声をかけないのがいいです。かけるならば本人中心の話をして、専門家につなげて専門家に任せるのが一番です。

 

このような問題はいろいろなことが複雑に絡み合っているのでとても難しい問題でありながら、日常的にあり得る話なのでこの場面に遭遇した場合本当に気を付けなければいけません。

ただし、しつこくありますが今回書いたのはあくまで自分の考えです。