ACT6 光る宇宙
『ラ・ムーの星を上甲板に出しました!』
ラ・ムーの星が、舞の指示通り上甲板に運び出されると、銀に輝くその球体は、ゆっくりとハヤトの上空に浮かび上がった。次の瞬間、ラ・ムーの星が目映い光を発し、その光がバリアのようにハヤトを覆った。
舞は、一人、光で覆われた甲板へ出て行った。ラ・ムーの星の発するバリアのお蔭で、もはやミサイルがハヤトを揺るがすこともなく、不思議なことに、バリアの中は空気が保たれて、宇宙服を着ていなくても呼吸ができる。
舞は、白い衣の裾を翻し、滑るように、跳ぶように、艦首に向けて走って行った。舞の身を包むその白い衣装は、ルーナンシアでレムリアから贈られたレア・フィシリアの正装である。
見上げると、その目の前にデイモス星がある。
「苦しいのね……。」
舞は呟いた。
自分の在るべきではない場所へワープさせられて軋むデイモス星の心が、舞にはわかるような気がしたのだ。
「ごめんなさい。人間たちの争いに巻き込んで。でも、大丈夫よ。すぐに帰してあげるから。」
舞は顔を上げて、さらに遙かな上空の輝きに目を向けた。
「ラ・ムーの星……。」
舞が呼び掛けると、ラ・ムーの星は、それに応えるかのように、鈍い銀色の光を撒き散らしながら、ゆっくりと舞の頭上に降りて来た。宇宙に風が巻き起こり、舞の髪と服の裾をなびかせて吹いて行く。
かつて、あれほど恐れた己の中のレア・フィシリア。
だが、今は何も怖くはない。ただ、自分の祈りが宇宙の思惟に適うのか、それだけが心配だった。
「宇宙よ……。」
舞は宇宙に祈る。
(舞。レア・フィシリアとして伝える者よ。)
それに応えて、宇宙が呼んだ。
漆黒の宇宙空間に、無数の細いきらめきが浮かび始めた。コスモエネルギーである。それを振り仰ぎ、また手に受けて、舞は満足そうに微笑んだ。
きらめく舞の思い。輝く宇宙の心。宇宙から舞へ、舞から宇宙へ、きらめく細い光の流れが鮮やかに突き抜ける。駆け抜けて行く。
風が激しさを増す。舞は、その両手をゆっくり掲げて、ラ・ムーの星に光を導いた。空間にさざめいていた幾多のきらめきは、鈍く輝くラ・ムーの星を純白に染め上げると、目映いばかりの光の奔流となって、デイモス星へ向けて流れて行った。
デイモス星とその周辺が、白く眩しく輝く。その輝きは、やがて膨れ上がり、柔らかくハヤトを、そして、遥かに遠くティアリュオン星をも包み込んで、拡がって行った。
あまりに強い輝きに、固唾を呑んで見守っていたハヤトの乗組員たちは、思わず目を閉じた。だが、それにも関わらず、白い光の下のデイモス星が、彼らには見えた。
そこに蠢くシーザスの暗い執念、直接に己の目で見ることはない犠牲の上に繁栄する機械文明。それらが、光の中でゆっくりと崩壊して行く。が、そこに死はない。暗い宇宙の根底に、低く緩やかに流れているのはその愛。その空間に存在する全ての人々は、この七色に輝く光の奔流を垣間見ていた。
舞の思惟は、宇宙一杯に飛翔し、流れゆく時を俯瞰してらいた。その流れは、幾つもの別の思惟を含んで輝き、舞に語り掛けて行く。
(舞。立派ですよ。自分の道を、逃げずによく受け入れました。)
それは、ルーナンシアの女王レムリアである。
(舞……。やっと会えたわ。)
それは、今は失われたセシリアのものであった。
(……生きているうちに、こうして会いたかった。きっと、私たちは、誰よりも深くわかり合えたでしょうに……。)
思惟は人の姿をかたどって、寂しげに笑ってそう告げた。美しい紫の瞳、波打つ金の髪が、舞の思惟を鮮やかに横切って行く。
ヘラス四連星団の時とは違って、舞の思惟はセシリアを受け入れた。その思いを舞は理解し、かつてそれに気付くことのなかった自分を悔いた。それを感じたセシリアは、愛らしい微笑みを一杯に浮かべて、流れを駆け上がってゆく。
(あなたのせいではないわ。舞が遅かったのではなくて、私が早過ぎたのよ。そして、私にはシェーンしかいなかった。でも、こうして会えたのだから……。)
舞とセシリアの思惟は一時融け合ったが、やがて、セシリアは、離れて流れの中に消えて行った。
(私の過ちを二度と繰り返さぬように……。あなたにならそれを成せる。頼みます。)
舞以外の人間に語り掛ける思惟もある。それは、デイモス総統シーザス・レイ・ドリアに向かって、快活に笑った。
(総統……。またお会いできて、嬉しく思います。ご期待に沿えなかったことに、悔いはありますが……。)
「シェーン! シェーンなのか? そうなのだな……。」
シーザスは声を上げた。
ハヤトから発せられた光の束から抜け出て、自分の元にやって来た思惟は、懐かしいエメラルドの輝きを放っている。それは、彼の愛したシェーン・スカイリッパー・ハーケン将軍のものであった。
(総統。イアラとは、人と人との繋がりを成せる人々なのです。こうして理解し合い、共に生きてゆく人々……。手に入れ、利用することなど誰にもできません。戦う相手ではないのです。既に総統にもおわかりでしょうが……。)
シェーンの黄金の髪の横に、もう一つの黄金の髪が寄り添う。エメラルドとアメジストの瞳が、シーザスを見つめて微笑んだ。
(セシリアは死ぬ間際に、私は死んでから、ようやく、成すべきだったことを理解しました。しかし、全ては遅過ぎたのです。総統は、私のような悔いを残しませぬよう。遅くはないと……、それを成せる方だと信じます。感謝していますよ、今でも……。)
シェーンは、シーザスにぐんぐん迫り、シーザスを通り抜けると、セシリアと手を取り合って遥かな高みに去って行った。
どこからか、歌が聞こえる。
それは、この宇宙に生まれたものたちへの讃歌であり、それらの生命を慈しんでいる宇宙の愛の歌であった。そして、愛されている生命たちの喜びの歌である。
(ふふ……。)
流れに舞の思惟が遊ぶ。きらめきと戯れ、輝きを撒いて、光の中を翔んでゆく。
(舞。幸せなんだね。皆、幸せになれるんだね……。)
舞が笑っている。戦いは終わるのだ。猛は確信し、自分自身、言いようのない幸福感に包まれていた。
(そうよ。人はこうして繋がって、生きて行くのよ、皆……。)
歌うように答える舞の声が、きらめきとなって光る宇宙で舞った。
(時には争いや戦いが起こることもある……。でもきっと、私たちは共に生きて行ける。ほら……。見えるでしょう……?)
(うん。見えるよ……。)
舞から宇宙へ、宇宙から舞へ、そして人々へ、光が突き抜ける。その光の彼方の遥かな宇宙に、人々は、輝く未来の入口を、生命の巨大な繋がりを見ていた。
遥かな過去から、遥かな未来へ。
それは、途切れることなく連綿と繋がって行く。
(舞……。)
猛は舞に手を差し伸べた。舞が振り返って笑った。舞も手を差し伸べ、光の中から猛に近づいて来る。
(舞?)
だが、お互いに差し伸べられたその手は、触れ合うことがなかった。
(猛さん…。ごめんなさい…。)
触れ合う寸前に止まった舞の指先は、今度はゆっくりと離れていく。
(ごめんなさい。約束したのに……。)
その目から溢れた涙が、光る宇宙へこぼれ落ちて行く。幸福感に酔い痴れていた猛は、その思惟の裏に微かな悲しみを感じて、現実に引き戻された。
(舞。悲しい? どうして!)
猛は、舞に向かって叫んだ。
戦いは終わる。皆、幸せになれるのだ。なのに、何が悲しいのだろう?
(でも、きっと、猛さんとはいつでも遊べるから……。)
舞が振り向いて笑った。
振り向いて笑う!
猛の脳裏に、一つの記憶が蘇った。プラネタリウムで初めて会ったあの日。
振り向いて、笑って、それから……、消える!
(舞! 行く? 行くのか!?)
舞はそれには答えず、悲しそうに微笑んだまま、猛から遠ざかって行く。
(駄目だ! 約束したじゃないか!)
気が付くと、光は薄れかけ、逆巻く流れの立てる音が、辺りに轟き渡っていた。その流れが、舞を連れ去ろうとしている。二度と手の届かぬ彼方へ。
(舞! 行くな!)
猛は恐怖し、絶叫しつつ、光の奔流に手を伸ばして、舞の手首を掴んだ。しかし、激流はなおも逆巻いて、舞を引き込もうとする。猛は、舞を連れ去られまいとして、懸命に力を振り絞った。
(猛さん。)
舞の目から涙がこぼれて、丸い玉になる。それが、光を弾きながらゆっくり流れ来て、猛の頬を濡らした。
(駄目よ。放して。)
(嫌だ!)
この手を放してはならない。舞を失っては、もはや猛の幸せはないのだ。猛は、ありったけの力で、舞の細い手首を握り締めた。
(放して。猛さんも一緒に引き込まれるわ……。)
(嫌だ。嫌だっ!)
猛は激しく首を振った。だが、流れの力はますます強くなり、猛は舞と共に引きずられて行く。
(猛さん……。お願い。)
舞が哀願し、二人の視線が合った。
(舞……。)
もうこれ以上踏み止まれない。その時、猛は感じていた。
レア・フィシリアの守護者、暁のディオネ。
常にレア・フィシリアと共に在って、それを守る者。
その存在に擬せられながら、結局、舞を救い、守ることはできないのか。猛は悔やんだが、それでも、舞の手首を握り締める力を緩めはしなかった。
舞だけを行かせるわけには行かない。救い、守ることができないなら、せめてどこまでも共に行こう。他にしてやれることはない……。
猛がそう思い、それでも最後の気力で抵抗しようとした時、
(そうだ! 放すなよ! 猛!)
と後ろで声がし、誰かがガシッと猛の体を抱き止めた。思わず振り向くと、剛也と飛翔が、猛を支えて必死に踏み止まっている。
(やめろ! 引き込まれるぞ!)
猛は叫んだが、二人は、
(舐めるなよ! 俺たちを。)
と、ニヤリと笑ってなおも力を込めた。
(そうよ! 諦めちゃ駄目! 皆一緒なのよ!)
その後ろで、美央の励ます声がする。猛を支える剛也と飛翔を他の者たちが支え、その者たちをまた他の者たちが支える。そうやって、ハヤトの乗組員たちの幾つもの心が、二人に力を貸していた。
もう終わる。戦いは終わるのだ。ハヤトはティアリュオンにたどり着き、地球は救われる。それは、この二人が在った故なのである。その二人をこのまま行かせてよいわけがない。
止めてみせる! 仲間の誇りに懸けて!
そうした思いの完全な繋がりが形成された時、ようやく二人の動きは止まった。だが、流れの勢いは止まらない。そのまま流れと格闘を続けてどれほどの時が経ったのか、いつしかその力は弱まり、純白の輝きは和らいでいた。やがて、光が完全に四散した時、デイモス星の姿は、ハヤトの前から忽然と消え失せていた。
乗組員たちは、夢から醒めやらぬ様子で、茫然と宇宙空間を眺めている。
「デ、デイモス星は?」
我に返ってコンピューターを操作した独が、やはり茫然と呟いた。
「デイモス星が、正常な位置に戻っている……。」
ラ・ムーの星によってコスモエネルギーは解放され、その偉大な力は、舞の祈りに応えて、デイモス星を元の位置に戻したのである。
「……舞!」
猛は、それに構わず、一目散に上甲板に駆け出て行った。
「舞!」
その猛の目の前で、まるでスローモーションのように、舞がゆっくりと倒れて行く。
「舞! しっかりしろ、舞!」
猛は、飛んで行って舞を抱き起こしたが、舞は、目を閉じたままぴくりとも動かなかった。
「舞! 舞! 舞っ!」
舞を呼ぶ猛の声が、音のない宇宙に幾重にもこだました。
ラ・ムーの星が、鈍い光を放ちながら、静かに宙に浮かんでそれを見守っている。その銀の光の向こうに、やがて、ティアリュオン星がその姿を見せ始めていた。
