ACT3 美しき愛の星
ハヤトは、青く輝く第三惑星に向けて降下している。
結局、猛と舞は、あの奇妙な感覚を報告しなかった。
念のため、ハヤトに戻ってから丹念に記録を調べ、それとなく皆に尋ねてみもしたのだが、二人を駆け抜けて行った輝きは全く記録されていなかったし、他に同じ体験をした者もいないようだった。
あの感覚は、口でどうこう説明できるものではない。それを敢えて説明して、ことさらに問うてみる気にはなれなかったし、しかも、危険を感じさせるようなものであればともかく、そうではなかった。
ハヤトは受け入れられる――。
二人の得たその確信が、言葉で言えばただ「感じ」としか言いようのないことを、わざわざ報告するのをためらわせたのである。
あるいは二人のこの判断は独断であったかもしれない。だが、仮に報告したとしても、沖田の決定に変わりはなかっただろう。その他のデータには何の問題もなかったし、いずれにせよ、今のハヤトの状態では、危険である、という確実な情報がない限りは、この星に頼るしかないのである。
「着水二分前!」
ハヤトは降下を続け、次第に海や陸地が肉眼でも認められるようになっていた。
太陽を映して輝く海!
これほどの満々とした水を見るのは何年ぶりだろう。その豊かさへの羨望と感嘆を乗せて、ハヤトは緩やかに降下し、港に使用できる入江を見つけて着岸した。
「ハヤト、停止しました。」
猛の隣で、チーフパイロットの剛也が大きく息を吐いた。ハヤトほどの艦になると、離着陸に使う神経は並大抵のものではない。
「お疲れ。」
猛もホッと息をついて、そう声を掛けた。
親友として、ライバルとして、剛也には負けたくなかったが、やはり操縦に関しては剛也の方が一枚上だ、と、猛は認めている。剛也には、猛のような大胆さはないかもしれないが、猛の神経は剛也ほどに緻密ではないのだ。
「半径五百キロメートル以内に、レーダー反応ありません。」
「大気成分は、地球とほぼ同じです。未知の微生物の反応もなし。宇宙服の必要はありません。」
舞と独の報告を受けて、沖田は、
「調査班、技術班、生活班はスタンバイしておけ。」
と命令し、右舷のサイドタラップを下ろすように指示すると、メインスタッフに集合を掛けた。
「よし、ハッチを開けろ。」
「はい!」
メインスタッフたちを従えた沖田の指示で、タラップに繋がるハッチが開けられると、通路一杯に目映い光が広がり、一陣の爽やかな風が吹き抜けた。
「これは……!」
タラップに歩を進めたメインスタッフの間に、わぁっ、という、溜め息とも歓声ともつかぬどよめきが巻き起こった。
彼らの目の前には、幾重にも連なる小高い丘が広がり、そこに、小さな花々が群れを成して咲いている。一体、何の花だろう。ハヤト農園にもある蓮華草によく似た姿の淡い空色の花。それが丘全体を埋め尽くし、どこまでも続く美しい花畑になっているのだ。それはまるで、大地が空を映しているかのような光景であった。
草の上を渡る風が、時折その薄青色の花びらを切れ切れに運んでは、彼らの頭上を行き過ぎる。ヘルメットなしで力一杯吸うことのできる空気は太陽の匂いに満ち、それが肺の隅々まで通って、肺胞の一つ一つをバラ色に染めて行くようであった。久し振りに踏む土の感触が、足の裏に心地好い。
空を見上げ、海を、大地を見回して、地球人たちはただ立ち尽くしていた。
それは何という美しさであったろう。
天国という場所が本当にあるとしたら、そこにはこうした風景が広がっているのではなかろうか? そう思わせるほど、この星の全てのものは美しかった。宇宙の美しさは熱を持たないが、この星の美しさには、大地の暖かさがある。そして、それが美しければ美しいほど、地球の惨状が思われて、皆の胸は締め付けられるのだった。
「調査完了。くろろふぃる反応強シ。こすもないと、多量ニ存在シテイマス。人工えねるぎー反応ナシ。OKデス。全テニOKデス。」
メインスタッフたちの感傷的な様子をよそに、分析ロボットのアナライザーが最終調査の報告をしている。
「当たり前よ。ちゃーんと私が調査したんだから。」
舞が茶目っ気たっぷりに、しかし、嬉しそうに言った。あの感覚のことが、やはり幾らか不安だったのである。
猛は、そんな舞の姿を眩しげに見つめていた。風に揺れる長い髪が日の光に透けて淡く輝き、すんなりした立ち姿と、上気してほんのり桜色に染まった頬が、いかにも健康そうで美しい。
「綺麗なブルーねぇ。青い花は進化した花だと言うけれど……。」
花畑にしゃがみ込んで、その空色を愛でるように眺めていた麗が、花を一輪摘んで、舞に手渡した。花の色は青、白、の順に虫の眼に留まり易く、進化するに従って青い物が多くなって行くという。
「あら?」
舞が花を受け取ると、その手の中で、花の空色が見る間に紫に変わった。
「変ね、どうして花の色が……。」
麗が首を傾げた時、一同の後ろで、
「地球の友よ。ようこそ我がルーナンシアへ。」
と突然声がした。
ハッと振り向くと、どこから現れたのか、彼らのすぐ側に、まるで古代のギリシャ人たちが着用していたような白衣を肩から垂らした初老の人物が、両手を広げ、柔和な微笑みをたたえて立っている。
「誰だ!」
猛は、咄嗟に庇うように沖田の前に立ち、コスモガンを抜いた。
「?!」
が、次の瞬間、地球人たちの頭脳に明確な認識が滑り込んで来た。敵ではない、というはっきりした認識である。両手を広げて見せるのは、武器を手にしていないことの証でもあり、猛は手にしたコスモガンを下ろした。
「怪しい者ではありません。私はこのルーナンシア星の住人、名はパトウと申します。」
彼らはまたハッとした。
パトウと名乗るこの老人は喋っているのではない。それは言葉ですらなく、意味そのものが直接彼らの心に伝達されている―――。
そんな感じだった。
これが、テレパシーというものなのか?
地球人たちの驚きの心を感じ取ったのか、その人物はにこやかに頷いた。
「この星では、意志の伝達は心から心へ語り掛けるだけでできるため、言葉というものは必要ないのです。」
沖田は、身構えた姿勢を崩して向き直り、猛を下がらせると、一歩前に進み出た。
ここは安全だ――。
それが、瞬間に下した彼の判断であった。怪しいのはこちらの方である。元より敵意はないが、寄港と補給の許可は得ねばなるまい。
「我々は、銀河系の太陽系第三惑星からやって来た者です。敵意はありません。実は、アンドロメダ星雲への旅の途中、コスモナイトと食糧が不足し、乗組員も疲労して、困っているのです。寄港と物資の補給をお許しいただけないでしょうか。」
沖田の言葉は、真情溢れるものだった。もし断られたら、今のハヤトの状態では、旅の継続も覚束ない。
「わかっています。」
初老の人物は、表情に同情を滲ませて頷いた。
「あなた方に必要な物は、全て我々の手で揃えることをお約束しましょう。また、皆さんも、心ゆくまで休息を取られるとよろしい。」
口振りからすると、どうやらハヤトが飛来した目的もわかっていたらしい。予知能力といったものもあるのだろうか。
しかし、とにかく思いもかけぬ暖かい反応に、さすがの沖田の表情もホッと緩んだ。
「ありがとうございます。ご厄介をお掛けしますが、宜しくお願いします。」
メインスタッフたちもホッと息をつき、猛と舞は、顔を見合わせて微笑んだ。
(もしかしたら、あの感覚も、この歓迎の先触れだったのかもしれない。)
やはり気になっていただけに、判断に間違いがなかったことがわかって、ホッとしたのである。
「それでは、早速、我が首都ルーナンシティへご案内申し上げましょう。女王レムリアがお待ち兼ねです。」
そう言って指差す彼方には、森に守られるように、宮殿らしき物が微かに白く輝いている。
「私と本城は、この星の指導者にお礼とお願いに伺う。諸君はハヤトで待機し、準備していてくれ。」
沖田は言った。
確かに、事前の調査では危険な要素は見つからなかったし、彼らの前に現れた、テレパシーを操る不思議な人物の態度にも、怪しい節は感じられない。だが、普通に考えれば、見も知らぬ星で、戦闘隊長同伴とは言え、艦長が単独で行動するなど、危険極まりないことである。しかし、この時、万一の疑念を抱く者はなかった。百戦錬磨の沖田や徳川でさえそうだったのだから、他の者は推して知るべし、である。それだけ、彼らの安全だという認識は強固だった。もっとも、沖田の心中には、賭けに近い気持ちもあったのかもしれ
ない。
「わかりました。艦長。」
一同がそう答えた時、それまで柔和な笑みをたたえていたルーナンシア人が、突然目を見開き、声を上げた。
「おお! それは……、その花は、バイオレット・レア!」
その目は、舞が手にした紫の花を凝視している。気が付くと、舞の足元の花は、皆、紫
色に変化していた。
「あの……、これが何か?」
そのあまりの驚き様に、舞は、困惑しながら紫の花とルーナンシア人とを見比べた。
「その紫の花は、バイオレット・レアと言って、このルーナンシアでも滅多に見られぬ貴重な物なのです。そしてそれは……。」
パトウは興奮した様子で言い募ったが、ふと小さく息をついて首を振った。
「……いや、全ては女王レムリアにお聞きになるがよい。ともかく参りましょう。」
ルーナンシア人が手を延べると、その指先に、光り輝く円盤状の物体が現れた。
「どうぞ、これへ。」
きらめく光の円盤の上にパトウはふわりと立ち、沖田と猛を誘った。
これが、ルーナンシアの乗り物なのだろうか。それは、物体と言うより、気体に近いようにも思われた。エネルギー体とでも呼ぶべきだろうか?
一同の間に何度目かのどよめきが広がる中、促されるままに沖田と猛がそれに乗ると、輝く円盤は音もなく浮き上がり、丘の上にそびえる宮殿を目指して、草の上を静かに滑って行った。