第一章 地球滅亡の危機
ACT1 西暦二一八七年
時に西暦二一八七年七月。
真夏の太陽はグングンとその高度を上げ、目映い輝きを放っている。
が、空は赤い。そして、その空の色そっくり写したかのように、大地もまた赤い。かつて躍動する生命たちの輝きに彩られていた緑溢れる大地は、今や赤く焼けただれ、どこまでも続く死の平原と化していた。
遠く平原を渡る乾いた風が、時折赤い砂塵を巻き上げる。それ以外には動くものさえない単調な風景の一角が、突然鈍色の異質な機械の壁を見せて口を開くと、中から一機のコスモゼロ戦闘機が白い噴射炎を引いて飛び出した。ちょっと見ただけでは 地面以外の何物でもないその場所は、巧みにカモフラージュされた地下基地への数少ない出入口の一つなのであった。
流麗なフォルムの最新鋭機を文字通り自分の手足の如く操っているのは、この春宇宙戦士訓練学校を卒業したばかりの新米宇宙戦士、本城猛(ほんじょうたける)十九才。新米とは言っても、百年に一度出るか出ないかの天才と絶賛されている、優秀な技量の持ち主である。
間もなく二十才の誕生日を迎えようとする者にしては、端正な横顔がやや大人び過ぎて見えたが、この年頃の若者たちに特有の顎から頬にかけての線の丸みと、生来の勝気さを宿した瞳の輝きとが、青年というよりも少年と呼ぶに相応しいものを感じさせた。
(ひどいものだ……。)
心で暗然と呟いて、猛は周囲の風景に視線を投げた。
生気の全く絶えた地上は岩影がやけに青白く、傾きかけた太陽が空をさらに赤く染めようとしている。低く飛ぶコスモゼロの噴射音の他には音もなく、ほとんど起伏のない地表をなめらかに滑ってゆくその影の他には、動くものもない。十六時の定時パトロールは毎日繰り返される任務の一つだったが、この赤一色の風景は何度見ても見慣れるということがなかった。
それは死の世界そのもの……。
彼の故郷の星地球は、今まさに滅亡しようとしているのである。
西暦二一八六年初頭に、突然謎の宇宙艦隊が太陽系へ侵攻して来た。
彼らは、太陽系の最も外側の準惑星である冥王星に基地を築き、恐るべき破壊力を持った長距離爆弾を中心にして、地球へ全面攻撃を掛けて来た。
地球人たちが恐怖を込めて『遊星爆弾』と呼んだこの高性能爆弾は、地表を焼き尽くし、清浄だった空気に放射能を充満させて、地球上のあらゆる生物を死へと追いやった。 地球側は、戦いの初期の段階でその戦力のほとんどを失っていた。しかし、人々はわずかながら生き残り、地下都市を築いてそこへ逃れ、残された戦力を結集して地球防衛軍を組織し、抵抗を続けた。だが、必死の抵抗も空しく、敵冥王星基地に決戦を挑んだ地球防衛軍は、その圧倒的な科学力に対して一矢も報いることができずに敗れ去った。
これで地球の手は尽きた。 後は、遊星爆弾の攻撃にさらされて死を待つのみ――。
地球防衛軍の敗退を知った人々はそう噂し、空を仰いで絶望した。だが、不思議なことに、それ以降遊星爆弾による攻撃はピタリと止み、敵は沈黙してしまった。それは人々にわずかな期待を抱かせたが、その頃には既に放射能が地殻にも滲み込み、人類最後の砦地下都市へ向けてその魔の手を伸ばし始めていた。
地下都市には、当面生活して行くには困らないだけの酸素や水、食糧などの生活物資の貯えがあり、また、自給自足の見通しも立って、遊星爆弾の攻撃が止んだ今、差し当たって人々の生命を脅かすものはなかった。
しかし、正体のわからぬ謎の敵と、音もなく忍び寄る放射能とに怯え、太陽のない遮蔽された空間で希望のない暮らしを続ける人々は、肉体的にも精神的にも疲れ切っていた。敵は、遙か彼方の冥王星基地で、人類が滅びてゆくのを冷酷な眼差しでじっと見ているのだろう。だが、今の地球には何をする力も残ってはいない。
「……兄さん!」
猛は、思わず声に出して今は亡き兄に呼び掛けていた。
地球防衛軍が冥王星海戦で大敗を喫したのは、つい一月ほど前のことである。他の大勢の宇宙戦士たちと共に、猛の兄本城隼人(ほんじょうはやと)も帰らぬ人となっていた。
幼い頃に両親を亡くした猛にとって、隼人はたった一人の肉親だった。それだけに敵に対する憎しみは深く、憎い敵に何もできないことへの苛立ちは強い。何しろ、敵の正体すら判明していないのが現状なのだ。
大体、何か異状を発見したとしても、それに対処する力が残されていないのだから、この定時パトロール自体、既に何の意味もない。ただ、何もせずにじっとしているより幾らかはまし、というだけのことで、時間は無為に過ぎてゆく。それが猛にはたまらなく悔しかった。
今はまだ、人類の灯は地下都市で細々と燃え続けてはいる。だが、放射能障害によって死んで行く人々の数は増える一方だった。地上からの放射能漏れも、毎日のように報告されており、やがては地下都市全体が放射能に汚染されてしまうだろう。そうなっては、もはや生き延びる手立てはない。
それに、たとえ放射能漏れを食い止めることができたとしても、いつかは資源が底を付く日がやって来るのである。猛には、むしろそちらの方が恐ろしかった。残り少ない資源を奪い合って暴動が起こったりしたら、それこそ目も当てられない。
悪鬼のような形相で、味方同士が傷つけ合い、殺し合う……。
そんな光景が見えるような気がして、 猛は何度も首を振った。この世の地獄とは、まさにそれを言うのであろう。純粋な若者には耐えられない想像であった。
放射能障害に苦しみ抜いて死ぬか、同胞同士の醜い争いに巻き込まれて死ぬか?
どちらにしてもどうせ死ぬしかないのであれば、そんな惨めな終末を迎える前に、せめて敵に一矢なりとも報いて散りたい。
それが、この二十歳にもならぬ若者のたった一つの哀しい望みだった。だが、地球の現状はそれすらも叶えることを許さない。
猛は虚しい気持ちで、窓外に広がる荒れ果てた大地に再び視線を投げた。
(ここも昔は海だった……。)
今は赤く焼けただれたこの絶望の大地も、かつては満々と水をたたえ、幾多の生命を育んでいた、美しい海だった。それを思うたびに、猛の脳裏には兄と過ごした二年前の夏の日が切なく甦った。
あれは、猛の十八才の誕生日のこと ――。
当時、既に国連軍の宇宙艦隊に所属 し、「宇宙駆ける鷹」として勇名を馳せていた隼人は、一年のほとんどを宇宙で暮らしていたが、どんなに忙しくても、猛の誕生日には必ず休暇を取って地球へ戻って来た。 その日、宇宙戦士訓練学校の二年生だった猛は、外出許可を取り、久し振りに兄に会える喜びに胸を弾ませながら、エアポートに隼人を迎えに行った。
「誕生日おめでとう、猛。また背が伸びたな。」
そう言って猛の肩を叩く隼人の顔は、 年々精悍さを加えて逞しく、猛は、我が兄ながら眩しいような思いで見上げたものである。連れ立って両親の墓参を済ませた後、 二人は夕暮れの海辺を散歩した。 繰り返し寄せる波のきらめきと、飛び交う海鳥の群、猛の数歩先をゆっくり歩いて行く隼人。
その光景を、猛は今でもはっきり覚えている。 特に何を話すわけでもなかったが、兄の側で過ごせることが、猛には何よりも嬉しかった。そして、その限りなく平和な満ち足りた時間を、彼はこの上なく大切なものとして来たのである。
だが、ほんの二年と経たぬうちに、その全ては失われてしまった。 今年も間もなく誕生日がやって来る。が、共に祝ってくれる者は既に亡く、白く輝く入道雲を従えてきらめいていた夏の青空は、鉄錆を思わせる鈍い赤色に染め上げられ、海は干上がり、赤茶けた海底が露出している。それは、甘く懐かしい思い出とはあまりにも対照的な無残さであった。
猛は溜め息をつくと、ヘルメットの防護フィルターを下ろした。