先日、現役親族を訪ねた時、昨年行われた国際大会の話題になった。


 親族は大会そのものには対象地域では無いので出席していないが、大会に先立って行われた、海外ゲスト向けの「イブニングギャザリング」と呼ばれる、いわゆる晩餐会に参加がかなったらしく、その話を興味深く聞くことができた。


 組織から出た身としては、イブニングギャザリングって何?なのだが。

 なんでも、国際大会に訪れる海外ゲストとの大規模な「交わり」の場らしく。

 それをなんと、大阪の某高級ホテルの宴会場を貸し切って華々しく行ったらしい。


 驚くばかりだが、この晩餐会では、日本のJW組織の歴史を紹介する動画上映の他に、オーケストラによる演奏や、ミュージカルも披露されたらしく、さながらどっかの大使館主催の立派な晩餐会並みのスケールだったようで。


 驚いてばかりだが、国際大会に参加する海外ゲストの多くは、この前日や当日、アクティビティ(もちろん宗教関係なしの観光ツアーですよ)に参加し、そのあと、夜は高級ホテルで「交わり」を楽しむ、というスケジュールだったようだ。

 一体、何しに来とんねん。


 大阪、神戸周辺の会衆にはこの交わりに参加する「特権」が差し伸べられ、3名までの参加が許されている、との発表があったようで。

 晴れてうちの親族は、その特権にありがたく与かった、という事です。やれやれ。


 義姉は、この日のために、そこそこ値の張る着物を購入し、プロによる着付けまでしてもらった上で、その交わりに参加したそうな。


 写真を拝見したが。

 まあ、これが外国人に媚びる日本人の典型みたいな写真の数々で、ゲンナリでした😮‍💨



 それにしても、である。

 定職を持たない事を美学とすらしてきたエホ信者達に、よくぞこんなブルジョワジーの暇つぶしみたいな華美な体験を実現する経済力があるものだ、と感心する。


 いくら円安日本とはいっても、地球の裏側から一週間単位で家族旅行しようと思えば100万単位の金と、膨大な暇が必要だろうし。

 おまけに高級ホテルでパーティーをしようと思えば、これまた結構な出費が必要なはず。


 そんな金、どこから出てるのよ?

 それこそ、世界的な均等を図るため、とか標榜して各会衆から上納金ぶんどってる組織のくせに、よくも特定の富裕層信者のために「不均衡」なイベントを企画するよね。恥知らずが。


 恐らく。

 これはJW系旅行社による国際大会ビジネスの一環で。

 高級パックツアーよろしく、観光や現地人との交流を売りにした、アコギな商魂の賜物であることは、容易に想像がつく。


 事業で成功した信者や、不労所得で飯が食える富裕層信者にとっては、聖職者ぶりながら贅沢な暇つぶしが出来るので、大いに好評らしい。

 そして、話し手となるような組織幹部達は、当然「派遣」という名の「御招待」なので、全く懐を痛めない。

 世間で言うところの、贅沢な海外出張、くらいの感覚だろう。


 まあ。

 協会幹部は置いといて。

 各信者が自分の金を何に使おうが勝手だが、組織公認のイベントくらい、質素に慎ましく開催すべき、くらいの常識感覚はないのかね、この組織の信者には。そんなまともな感覚が皆にあれば、こんなツアー、成立しないだろうに。

 組織の言う通りにパートタイムで生計を立てて、健康保険や年金の支払いに四苦八苦している信者達は、このことをどう思ってるのだろう?


 救いようが無いのは、うちの親族のような、それにキャッキャと乗っかる、カルティー達で。

 国際的な交わりの機会に励まされたわー、とか言って鼻高々でした。

 

 周辺在住カルティーの参加費は、「完全寄付制」らしく笑

 まあ、暗黙の空気で、お一人10000円、寄付箱に入れてきました、だとさ。



 協会側にも、「大義名分」はある。

 団体ツアーにして高級ホテルを利用した方が、安全性に長ける、とか。

 この世の会社に企画させるよりも、JWファーストで安心だ、とか。


 にしても、そんなに安全性を気にするなら、国際大会など、するな。大規模イベントなど、しないことが一番のリスクヘッジだよ。

 それでもするというなら、貧困層の信者を招いてやれ。富裕層の信者は、来たければいつでも自費で来れるのだから。


 

 と、いうわけで。


 世間も、JW界隈も同じ。

 貧しいものが虐げられ。

 正直者がバカを見る。


 え?姉妹、貧困なの?

 生活保護を使いなさい!

 行政を活用しなさいよ!

 え?

 アタイは明日から国際大会なのよ!

 向こうで観光三昧、高級ホテルでパーティーした後、統治体に謁見してくるのよ!

 祝福だわー


 って感じよ。



 あーあ。

 ワシの現役時代、特売時間にしかスーパーに行かないの!って言いつつ。

 マクドの80円バーガーを買い溜めして一週間凌いでいたM兄弟達、どーしてるかなー。

 終わりが近いから、って言って新聞配達だけで妻子を養っていたのに、身体を壊して地獄を見ていた家族もいたなー。


 みんな、どーしてんの?



 ↑ワシが見た写真をイメージしてAIに作らせてみました笑

 ホンマに、まんまこんな感じの写真でしたよ。



 客観的に今のJWを評すると。


 他人に厳しく、自分に甘い。

 選民意識と自己愛が異常に強い。

 間違いを認めないくせに、他人の間違いは許さない。

 嘘つき。

 成金主義で、幹部の腐敗が蔓延している。

 

 あ。

 あと、最近では、すぐ裁判起こす笑



 ねえ。お願い。

 なんで、こんな宗教に入ってんの?


 ねえ。ねえ。

 教えて。


 イホ証の皆さん、教えてよーーー

 

 今朝、Yahooのトップにあった↓の記事。
 時間が経って消える可能性があるので、画像データとしても貼っておきます。

https://news.yahoo.co.jp/articles/f04c1af62dedc711855e200e4ca2ac72829d0a1c


写真データです


   さて。

 この記事を見ると、協会側が、みなさんご存知の例の通知(下に貼っておきます)を巡って国を訴えた、という少々驚きの内容です。

https://www.mhlw.go.jp/content/001032125.pdf


 今朝の配信記事を読んだだけなので概要しか分かりませんが、協会は、この通知に対して以下の二点を問題視し、訴訟に踏み切った、と説明しているようです。


○この通知は、独立した専門家や一般の意見を聞かずに発出されたものであり、不透明だ。

○この通知が全国の学校に配布されることにより、信者が差別に遭っている。


 以上の2点です。

 

 1点目は、「は?」としか言いようがありません。

 法や政令、省令の改正でなく、あくまで「通知」レベルの指針に、送達の前にパブコメや審査会の設置の必要性を訴えるなんて、行政上のルールに全く無知な弁護士による訴状としか思えません。そんな義務は国側にありません。

 それに、「独立した専門家」って何?

 この言葉が訴状にそのままあるのなら、協会がかなり恣意的な見識によって訴訟を提起しているのでしょう。

 だからでしょうね、バカバカしい言いがかりとしか思えないこの訴状について厚労省側も、自治体に技術的助言を行う程度の行政手続きに、パブコメや審査会設置の義務なんてないよ、と一蹴しています。まあ、そうなるでしょうね。


 ちなみに、法の運用で、自治体の委任事務になっている条文においては、基本的には法の趣旨を超えない範囲で各自治体が個別の決定をおこないます。

 ただ、法は大局的趣旨を定義する程度に表現を抑えるため、運用の具体的な指針を教えてくれ、と自治体側が国に対して助けを求めるケースは、頻々とあります。

 つまり、「自治体単位ではこの法のこの言葉をどう解釈していいか分からないので、もう少し具体的なヒントをくれ」と、国に求めるのです。

 今回のケースでいうと、「虐待」の定義をめぐって、「現場では何を虐待と定義するのか分かららんので、例示してくれ!」という声が自治体から上がったので、具体的に国が教示した、という流れですね。恐らく。


 言うなれば、本来自治体が個々別に判断すべき事だけど、自治体に判断する材料が乏しいので、そこの部分も国が歩み寄って事例を持ち出した、という事です。まあ、地方行政の現場ではよくあるし、何の違和感もない事象ですね。

 自治体側としても、国の通知に反した運用をするケースはほぼ無く、実態的には「国側の任意の提案」レベルの通知を、「ほぼその通りに運用する」というのが通例です。

 各自治体も、独自の見解で走って訴訟リスクを抱えるよりも、国のお墨付きを得た方法で安全に法運用したいからです。


 で。

 この理屈で言うならば、本来協会側は、法的に具体的な運用を委ねられた各自治体を訴えるべきです。

 なぜなら、上述の通り、この通知を実行するかどうかは、実態はさておき、各自治体に任せられているからです。


 しかし協会は、行政スキームを無視して、実際には国が具体事例を持ち出して自治体に指示した事を自治体がその通りに行うという、「実態的事実」に着目して、国に対して訴訟を起こしています。


 厚労省の担当者としては、二重に「は?」でしょう。


 通知発出に際して専門家や市民の意見を聞くべきルールも義務もないし。

 委任事務の責務は各自治体にあるのに、なぜか国を訴えているし。

 

 法的にはどちらも、言うまでもない事実で理解が足るような主張です。


 協会は恐らく、通知の中身が自分達の気に入らない内容だったので、「送達に至るプロセスをもっと丁寧にすべきだ!」と言いがかりをつけたいのでしょう。

 まあ、言うのは自由ですし、訴訟理由としては、一定理解もできる範囲ではあります。

 「ルールには違反してないけど、法の趣旨に則ってもっと丁寧にやってよ!」っていう風に解釈すれば、こーゆー世界では、あるあるなんだと思うしね。


 2つ目の点。

 これについては、ワシ自身も危惧していた事です。あーした通知を現場に送ることによって、逆に2世の子供たちが「虐待家族」のレッテルを貼られるのではないか、と言う心配については、一定理解はできる。

 果たして国の対応は、本当に信者の子ども達のためになるのかな?とは、ワシも思っていましたから。


 でもね。

 ワシ自身、危惧はしていたけど、これを協会側が言い出す事には、実に不愉快な思いです。


 そもそもの問題、アンタらの教義強制(敢えてそう表現します)によって生じてきた差別や虐待については「我々は信者を正しく教育してきたので関係ありません」とでも言うようなスタンスで、マスコミにも白けた言い訳をしてきたじゃないか。アンタらがしょーもない教義強制しなければ本来は起こらない問題だったろ?

 自分達が差別を助長してきた事実に対しては、ドライな見解で交わすくせに。

 国側の防御的対策に対しては、「差別を助長して良いのか!」と声高に叫びたがる。

 コイツらは、結局、信者が差別を受けることそのものを問題視しているのではなく、「自分達の責任になる」事をひたすら嫌がっているだけ、なのだ。


 自分達のせいで生じた2世の苦しみ(その中には当然学校で受けてきた差別的トラウマも含まれる)には、「強制の事実はなく、信者個別に任している」と嘯くくせに。

 国が少し踏み込んだ防衛手段を現場に明示すると、「差別を受ける危険がある!信者の子どもが可哀想だ!」と、途端にエセ人権活動家のようなスタンスをとる。

 その優しい視点が、自分達の所業に向けられることはないのか。


 その物差しを、自分にあててみろ。


 これに尽きる。

 何度も言うけど、「彼等は言うが、当てはめない」の典型。

 ホントに、下らない連中である。


 その意味で、実に不誠実な、胸糞の悪い訴訟を起こしてきたな、と言うのがワシの初見での感想です。


 

 さて。

 同じく今朝方、アメブロでブルー3さんが協会を相手どって、訴訟を提起した事を報告しておられる。

 詳細は御本人の記事を参照されたいが、概要は以下の通りだ。


○ブルー3さん他一名は、かねてから「パプテスマ無効」等を求めて、地元会衆長老団と係争してきた。

○その最中に、教団マニュアルを無視して本人未通知のまま、排斥が一方的に発表された。


 ブルー3さん達は、この不当性を訴えているトラブルの最中に、地元長老達が、日本支部と連携しながら応戦してきた事実を確認しておられる。


 にも関わらず、現在のところ、協会側弁護士の主張は、教団支部は本件に無関係であり、独立した宗教法人である地元会衆の責任なので、自分達は関係無い、とのスタンスだそうな。


 笑止千万。


 JWなら、誰でもわかる話だ。

 トラブル付きの排斥問題について、各会衆が独断で動くことなど、100%あり得ない。

 間違いなく地元会衆は、頻繁に巡回監督などを介して支部と連絡を取り合い、ブルー3さん達の処遇を決め、排斥をしたのだろう。


 何より笑えないのが、協会側は、登記記録を持ち出して、その主張の正当性を訴えてきているらしい。


 もう、悪い冗談だ。

 押さえておくべきことなので書いておくが、本来、宗教法人登録を行った地元会衆が、各々独立した権利を持つことは、事実である。

 教団オリジナルのヒエラルキーとは別個に、登記上の権限で言うならば、布教指針や財産管理、免税義務などは登録法人ごとに各会衆が管理する義務がある。


 しかし、これもJWなら誰でも知っていることだが、法人登録した地方会衆が、本部や支部と独立した形で方針を遂行することは出来ないし、絶対に協会がそんな事させない。


 会衆の寄付金上納にしても然り、場合によっては信者の任命や移動に関しても、法人登録の有無に関わらず、事細かに指示してくるのは周知の事実だ。

 そう、つまり、法人登録に基づく各会衆の権利を一番侵害しているのは、支部そのものなのだ。

 


 さて。

 ご理解頂けるでしょうか?


 協会は。

 自らが訴訟を起こす時には、法的スキームは「さて置き」、丁寧な法運用と、「実態的事実」(つまり自治体責任があるものでも、実態的には国の言う通りに自治体が動く)事を持ち出して、国を相手取って訴訟を提起している。


 しかし。

 自らが訴えられたときは、法的スキームを「前面に押し出し」、「実態的事実」(登記会衆が法的責任を負うものでも、実態的には支部の言う通りに会衆が動く)を完全に無視して、責任を回避しようとしている。


 完全なるダブルスタンダード。


 国には、「実態的事実」に基づき、誠意ある対応をせよ!と声高に叫びながら。

 同じ事を自らが言われると、「実態的事実」を無視して、「法的には彼等が勝手にやった事です」と開き直るのです。


 こうした事は、法的闘争の場ではよくあるのかもしれないが。

 愛を説く宗教団体が戦略、いや、策略として平気な顔してやっているのを見ると、閉口してしまう。


 JW教団は、何者にも優って自己弁護を最重要視する教団である、と。

 ワシは改めて実感しました。


 こんな教団、社会に要らんでしょ。

 ホンマに。


 もうね。

 ただ、ただ、信者の子ども達が不憫でならない。

 ズルくて不誠実な大人に囲まれた子どもたちは、これからもこの被害に耐えていくしかないのでしょうか…


 

 こんな教団、1日も早く崩壊してくれるように。

 久々に今夜は、イホバに熱烈に祈ってみようかと思うよ。

 

 アーメン。

 記念式を数日後に控え、招待状ばら撒きキャンペーンが佳境に達した週末。


 今年は自宅凸は3件にまで減少し、ワシにはLINEによる勧誘も今のところゼロで。

 嫁にはかなりの数のLINE招待が来ているようなので、この間のワシの塩対応が効いてきたのかな、と。

 拙ブログに頻々と登場頂いているY兄弟からも、今の所、LINEは無いし。


 実は今年のワシには、この時期に秘めた思いがあって。


 そう。

 前記事にも記した通り、我が家を訪れる現役達に、自己血輸血解禁について問いただしたい、という思いを抱いていたのだ。

 それも、この重大な変更について普通の信者にぶつけても仕方がない。

 長老達が訪れたら、詰めてやろう、と。


 が。

 意気込むと空振るもので。


 先週まで我が家を訪れた現役長老のうち、1人はポスティングだけで逃げられた。

 もう1人は、複数人を連れて馴れ馴れしく敷地内に入ってきたので、イラッとして玄関半開きの状態で「もう、いらないので」と能面に返し、5秒でお帰り頂いた。


 そして、昨日の夕方。

 今週の平日に記念式があることを考えると、恐らく最後の長老訪問となるであろう、旧友の長老夫婦の訪問を受けた。


 彼らは付き合いも古く、このブログでも何度かエピソードを紹介している、善人夫婦である。

 他愛もない会話で暫し談笑し。

 ワシは、切り出した。


 自己血輸血が解禁になったね?


 信者の命を左右するセンシティブな問題ゆえ、軽薄に聞こえないように、訝しむ目をしながら、やや低めのトーンを意識して聞くワシ。


 ワシはきっと彼らが、バツの悪そうな顔をすると思った。

 いや、バツの悪そうな顔をして欲しかった。


 協会の看板教義と言っても過言ではない、「輸血拒否」の一画を、さしたる聖書的根拠もなく撤回した後ろめたさはいかほどか、と興味津々だったから。


 が。

 彼らは、予想に反して、バツの悪そうな顔などしなかった。


 それどころか。

 この話題を持ち出したワシを見て、パッと、破顔した。


 よく知ってるねぇ〜!

 相変わらずそーゆー情報は早いなぁ〜!


 夫婦で、どッと笑いながら切り返す彼らに、ワシは不意をつかれて黙った。

 

 い、いや…

 Yahoo!のトップだったし、産経でも大きく報じられたしな。


 と、辛うじて返すと。

 またまた笑顔で。


 そーそー!一瞬だけどYahoo!トップだったね〜


 え?え?

 笑い事?


 消沈する長老夫妻を論理的に追い込む計算が狂い出したワシは、少々狼狽し、慌てて引き出しを探った。


 そしてやっと一言。


 人の命が左右する話よ。

 そら、世間的にも大きな問題やろ?


 このワシの返しが緩かった。いや、甘かった。

 ここで怒ればよかったのだが。

 結果、ワシのヌルい反応によってこの問題はさして盛り上がらず、友人長老夫妻が「まあ。騒がれるか。そっか。そんなもんかな。」的な微妙な納得をしたところで終わってしまった…。



 それにしても、なんと淡白な受け止めなんだろう、と。

 腹も立つし、落胆するし、びっくりするし。


 でも、きっと彼らにとっては、その程度の受け止めなんだろう、と改めて戦慄した。


 神様がどう、とか。

 聖書がどう、とか。

 彼らにとっては、そんな事一切関係がなく。

 とにかくひたすら、教祖様が発信した途端にその言葉が「真理」と自動解釈され、その通り行うようインプットされているのだ。


 正に、統治体原理主義者達。


 まあ、分かっちゃいたけど。

 情けない通り越して、改めて怖いわ。


 これが、カルトの病巣である。

 これが、JWの反社会性である。

 これが、マイコンの恐ろしさである。


 改めて、彼等の心の壁の分厚さを感じ。

 彼らが意気消沈しているのでは?なんて言う、自分の楽観を呪いました。



 そっからは、もう上の空。

 途中からヨメも加わって結構長話したのですが、もう、身の入らない、テキトーな返しをしてました。

 

 が。

 やはり、だんだん内心不機嫌になってきたワシは。

 乾杯や女性のパンツスタイル解禁の話が出たので、「もともと聖書的根拠がないのに、しょーもない規則設けてるのがおかしいんだよ」と吐き捨て。

 そのうち誕生日も解禁になるよ、と毒付いたら、「それはないよー」ときたので。

 コリント第二の1章や、ローマ人の手紙をどーゆーつもりで読んでるの?

 聖書に従うつもりはあるの?


 と。

 マジ顔で嫌味を言ってやる、性格の悪さ笑

 

 また。

 年に一度だけ、この時期に怒涛のように(今年はそこまで怒涛ではなかったが)訪問されるのはとても迷惑してて。

 内情知ってるから形式的に訪問してることは分かっていると前置きをした上で、そのくせにずーっと気にしてた体で、「神の愛に戻って来てください」とか「親愛なる」とか、平気で言ったり書いたりする神経が、「ワシはとんでもなく不愉快なんだ」と。


 はっきり言ってやりました。

 さすがにその時は、2人は神妙な顔してたけどね。



 彼らが帰った後。

 やっぱりジワジワと、腹立ちと無力感が湧き上がってきました。


 もしワシが現役だったら、今回の変更は耐え難い後ろめたさと、自己処理できない危うい良心に押し潰されると思うのだが。

 愛すべき、善人たる友人達の良心を持っても、一笑に伏す程度の「微修正」に過ぎないのか、と。


 改めてガッカリしたのよ。


 途中からね。

 彼らの笑顔が↓こんなふうに見えて。



 到達し難い彼等の良心が。

 再び正常に…いや、人並みに機能する日が来るのだろうか。



 ワシは思う。


 この教義のせいで。

 病の床で、朦朧とする意識の中、神の御心に従いたい一心で天井を見つめ。

 涙する近親者に「また会おう」と絶命していった人々への疾しさが、君達に無いのなら。

 自らの信仰とは異なる未信者家族達が、愛する人の死を間近に控えつつも、「信仰」とやらの壁に阻まれて、極限の絶望を味わされた事に対する想像力が、君達に無いのなら。

 

 もう、こいつらを諦めよう、と。

 

 輸血拒否という人類史上最悪とも言える自死教唆も、君達にとっての笑い話、と言うなら。


 もう、こいつらを忘れよう。

 そう、それがいい。

 自己血輸血解禁なんだそうな。


 既にいろんな方がブログで記事にして、いろんな方がXで呟いていて。

 もう語り尽くされた感じがありますね。


 今回の教義変更、もう論じるに値しないのではないかな、と思いつつ。

 イライラが止まらないので。

 何故にオジサンがこんなに怒っているかを、お話ししましょう😤



 実は今回のこの変更は、社会的には前進であったりする。


 つまり、少なくとも自己血輸血という選択が許されることで、「今後は」幾らかの命が無駄に消えていくという悲劇が生まれなくなるのだ。

 あらゆる疾病で闘病中の信者たちやその家族にしてみれば、現世で生きるための治療の選択肢が増えたことは、単純に喜ばしいことだろう。


 医学界も、狂ったカルトとの付き合いが続く事に反吐が出る思いだろうが、医療従事者として、ひとつでも多くの命を救いたい、という真っ当な志を貫くうえで、リスクが一つ減った事は歓迎すべき事象である、とも言える。

 

 この視点は、真実であり、大事だ。


 だからこそ。

 教団や信者達は、こうしたある種の社会的被害者達の善意で冷静な状況分析に乗っかり、聖書解釈の前進による恩恵が社会にも及ぶ、との詭弁を盾に、「前より良くなったんだから、批判するのはおかしい」とも言わんばかりのスタンスでいるのだろう。


 相変わらず、ムカつくスタンスである。



 さて。

 上記のとおり、今回の変更は僅かながらカルト性を薄める方向の「改良」であることは事実であるのに。なぜにこんなに腹が立つのだろう、と。

 ワシと同様に、何故に多くの元信者や関係者が怒っているのだろう、と。


 少し冷静に考えてみる。


 それは、今回の教義変更が、「真摯な検討のもとにもたらされた聖書の釈義変更によるもの」とのペテンに糊塗されたものであるからだろう。


 この恥知らずの大嘘に、ワシは怒っているのだ。


 もちろん、結論から言うと、今回の教義変更は「真摯」でも「聖書の釈義変更」でも無い。

 これは、ただ単なる教団維持のための「社会との交渉材料」に過ぎない。

 そう。

 彼らは組織延命のため、いや、もっと言えば幹部層の保身のためなら、信者の命を平気で天秤にかけて交渉材料にする、恐ろしく冷徹で傲慢で愚劣で恥知らずの連中である事を、改めて露呈したのだ。


 輸血拒否や忌避という、JWのカルトたる所以を排除する事で、現実諸政府による圧力をかわそうとするうえでの戦略に過ぎないのに。

 その決定が、あたかも「高尚な宗教的発見」かのように振る舞う、その厚顔無恥な態度に、ワシのドでかい堪忍袋は盛大に破れたのだ。


 今回の統治体による声明は、多くの常識人の失笑を買ったに違いない。

 公称1000万人の信者を支配する最高幹部が、「聖書を調べたら自己血輸血はダメ!なんてどこにも書いてませんでした!」と、公式に宣言したのだ。

 

 おい!

 アンタら、昨日初めて聖書読んだんかい!

 自分らのことを「聖書学者」とかと呼称して権威付けに余念が無かったくせに、そんな恥ずかしい理由をよくもまあ、公式見解として垂れ流したよな。恥を知れ、って。

 それにな、多くの方が既に指摘しているとおり、オタクらがホンマに真摯に聖書を調べたなら、自己血輸血だけで無く、輸血拒否そのものが聖書的根拠などない事が明白だろ、って。

 聖書的真理など、もはや交渉カードでしか無いくせに、偽善ぶるのはいい加減にしろよ。


 こうして透けて見える…いや、はっきりと見える彼等の欺瞞的態度が、我慢ならんのよ。


 正しい態度を教えてやろう、レッシュよ。


 統治体は長年、行き過ぎた聖書解釈により、多くの信者の命を危険に晒すとともに、そのご家族や医療関係者の皆さんに多大なる心労を与えてきました。

 そのことを心から反省し、悔恨の情を抱いています。

 信者の皆さん、この度、自己血輸血は各自の決定に委ねる事にしました。

 これまで我々が掲げてきた教義により生じた、全ての苦悩と涙の責任は、私達にあります。この先、この問題で生じるどんな訴えにも、真摯に向き合っていく所存です。

 どうか、至らない私達を、恥ずかしながら許して頂きたい。


↑これくらいの感じで謝んなさい


 そもそも一連の教義に、聖書的根拠がないことくらい、どんな狂信者でも薄っすら気付いとったわい!

 それなのに、「神の聖霊をビショビショに浴びてる我々の言うことを信じなさい!信じないなら排除するわよ!」と脅すから、みんな従ってたんじゃい!


 まあ、信じる方も、控えめに言って愚か者だがな。

 


 なーにふんぞり返って「調整」とかぬかしとんねん!(一つ前の画像と比較してね!)

 中身の無い言葉を弄して自己弁護する事に、なんの恥じらいもないのか、君達は。


 と。

 まあ。

 こーゆー感じでワシは怒っているのです。


 まあ、なんと言うのか。

 狂った誘拐犯が、10人の人質のうち、1人だけ解放してやる、と、何故か偉そうに言っているような。

 いや、誘拐そのものがハナから理不尽やのに、何故に上から言ってきとんねん、のような。

 ホンマに反省しとるなら、全員解放せんかい、のような。


 今回の教義変更が、たとえ救われる命が増える種類のものでも。

 そもそも理不尽に人の生死を握ってきた張本人が、偉そうに、高尚に語るのは絶対違う。

 

 と。

 そんな怒りなのです。



 それにしても。

 統治体とやらは、ここまで愚かでアホな人達だったのか。

 なんか、びっくりします。

 もう。ホンマにビックリです。

 アホ、とか言いたく無いけど、他に適当な言葉が見つからないくらいよ。


 レッシュが言わされてるのか、本音なのかは知りませんが。


 ここまで人の道を外すような道徳倫理の爺さんが指導者だ、っていう理由だけで、充分脱塔する理由になりそうだ。


 いやあ、ワシは良かった。

 ホンマに良かった!!!!

 解放されて良かったのだーーーー


 ほんの一瞬でも、こんな連中の一味だと誰かに思われたり、仲間だと思われたりするだけでも3年くらい下痢になりそうだ。

 

 

 ワシは30年以上も、一体、何を追っかけていたのだろうか。

 そんな事すら思いたくなる、JW組織の堕落を見た気がするのよ。

 衆議院選挙が始まりましたね。

 皆さんも、それぞれの考え方に基づいて、行動される事と思います。


 ワシは脱塔後、とにかく選挙には真面目に向き合い、必ず投票もしています。


 恥ずかしながら大学で授業を任される事が年に数回あるのですが、その際には10分ほど時間をもらって、若者の投票行動が政治に及ぼし得る意義を、熱弁するのが通例になっています。

 もちろん、元Jである家族にも、選挙に行くよう、ことあるごとに勧めています。


 まあ、正直言ってワシには強い政治的イデオロギーはないのですが、やはりJW時代に放棄してきた社会的責任を取り戻したい、との思いが強くあり、その想いが選挙に対する味方にも大きく影響してるのだろうな、と思います。

 

 また、職種的に代議士連中と絡む機会も多く、彼らの資質次第で国や地方は、良くも悪くもなり得る、と実感しているのも、選挙に足を向けるモチベーションになっています。



 ところで。

 JWは基本的に選挙に参加しませんよね。

 今の現役さん達は、どう選挙に向き合ってるのでしょうか?

 やはり、10数年前のワシの現役時代と同じく、選挙に行くなんて、もってのほか、とのスタンスでしょうか。


 ワシは現役中の大半を、地方の田舎の会衆で過ごしたこともあり、よく成員から選挙に関する悩みや質問を受けたもんです。

 やはり、土建国家の成り立ちが抜けない農村部では、保守系の族議員を集落や会社を挙げて支援する構図が根強く残っているため、会社や未信者の夫から選挙に行って推し議員に投票するよう、かなりの圧力を受けるのです。

 特に田舎は、地区の公民館などが投票所となっているため、選挙管理者も投票管理者も、名簿チェッカーもみんな、顔見知りであるケースが多く。

 そのため、「どこそこの嫁は、まだ投票に来ていない」といった個人情報が、平気で集落民の間で共有されます。

 だから、肩身の狭くなった未信者夫は、「お前、早く投票に行け!ワシの立場が無いやろ!」的な圧を、信者妻にかけるわけです。


 ワシの現役時、会衆のM姉妹は、未信者夫に投票所まで車で連れてこられ、さあ、行ってこい、と言われたため、公民館に入り、中でトイレを済ませるだけで、しれっと車に戻ったのよ、と。

 そんな笑い話を披露していました。


 ワシとしては、投票しないことより、夫を騙すことの方が罪深かろうに、と。

 複雑に思ったもんです。


 まあ、つまり。

 投票に行くとか行かないとかの問題は、地方の信者達にとって、それなりに大きな問題なのです。


 ワシは現役時、投票について悩む成員から相談を受けたときは、ものみの塔99年11月1日号の「読者からの質問」を参照して、「旦那に嘘つくくらいなら、個人の良心で行ってくれば?」的なアドバイスをしていたのを思い出します。

 まあ、それでも大抵の成員は、結局投票に行かない決定に落ち着くんですけどね…



 選挙をきっかけにそんな事を逡巡していると、久々にその該当記事を確認したくなり、読んでみることにしたわけで。

 今は知りませんが、ワシの現役時は、割とこの記事を、牧羊でよく使った記憶もあったし。

 そもそも、エホ証の選挙に対する見方を分かりやすく解説しているので、なんとなく、おさらいしておこう、と思いまして。


 で、久々に見ると、ホンマにバカバカしいというか。「論に落ちる」どころか、「論」にもなっとらんなー、というのが感想で。

 よくもまあ、ワシもこんな程度の「お達し」を真面目に何十年も守ってたなー、と情けなくなりました。


 この記事では、JWが投票しない理由を5つに分けて解説しています。


 1つ目に、我々は「世のものではない」ので投票しない、と。

 は?

 ガッツリ国の社会福祉の恩恵を受けている連中が、世のものでは無い?

 最近では生活保護の受給すら厚顔無恥に推奨する教団の面々が「世のものではない」?

 いやいや、選挙権より先に辞退すべきもんがあるだろーに。

 自分達に直接的恩恵をもたらすものに対しては、「政府が準備したセーフティネットに浴する権利がある」とばかりにホイホイ「わてらも国民ですねん」と、世の一員である事をアピールするくせに。

 バカバカしい。

 

 2つ目に。

 キリストと同様に、我々は「大使」としてこの世にいるから投票しない、だそうな。

 大使は政治的中立を期待されるのと同様、王であるキリストの代理、大使である我々は、政治に関与すべきではない、との理屈。

 いやー。大仰に出ましたな。

 アホらしすぎて頭痛がしてきました。

 何を自認してもらってもよいが、これも都合の良いキリトリの例えでしかないよ。

 各国の大使は派遣先の国家の法に縛られない特権を付与されている一方、派遣国の政治に直接影響を及ぼし得るアクションについては認められないわけよ。

 アンタらは、上述したが、派遣先?の各国で、その国の法で定めるあらゆる恩恵を、存分に味わってるじゃねーか。

 大使を気取るなら、キリストだけに従って、派遣先の法を活用するような真似をするなよ。

 イボバに養ってもらえ。

 その上で、大使を気取りなさい。


 3つ目に。

 投票した人が当選した場合、その当選者の行う事柄に責任を持つ必要が出てくるから、とか言い出してる。

 これが、一番、はぁ?????だな。

 テモテ第一5:22を参照聖句として挙げているが、もうこじつけも甚だしい。

 「22 誰にも性急に手を置いてはなりません*+。また,他の人の罪に関わってはなりません。常に潔白*でありなさい。」

 この聖句を民主政治に当てはめる、というのは、もはや難癖としか思えないが。

 なら、仮に投票した当選者が良い事を行ったら、その善行はワシらのお陰、ってなんのか?

 なら、フィフティフィフティやないか笑


 4つ目に。

 宗教が政治に関与すると、一致が損なわれる、という主張。

 まあ、5つの理由の中で唯一、一定の理解ができる主張ではある。

 日本でも他国でも、平和の邪魔をしているのは、往々にして宗教である事が多い。

 だから。

 教団単位で政党や政治的イデオロギーに距離を置く、というのは良いと思う。

 が。

 かと言って、個人の選挙権まで否定するのは、やはりやり過ぎたとしか思えない。


 5つ目に。

 政治的主張から距離を置いているので、どんな人にもはばかりなく語れる、のだとか。

 なんじゃ、そら。

 そんなもん、個々の気持ちの持ちようだろうがよ。

 ってか、アンタらの信仰とやらは、その程度で遠慮してしまう程度の信仰なのか、と軽蔑したくなりますな。

 これは、まさに逆なんじゃないの?

 「各個人が政治的主張を持っていますが、誰に対しも分け隔てなく、音信を語れます!」ってのがホンマもんの信仰だと思うがね。

 政治的主張などという、いかにも人間的で属人的な思想を宿した程度で自信を失う信仰なら、捨てちまいな、って。


 で。

 この5つの事を念頭に置いて、信者は自分の行動を決めなさい、とくる。

 その上で、法で投票を求められているケースや、法で求められてはないものの、身に危険が及ぶような場合には、各人で判断しろ、と。


 やれやれ、だな。

 こんな薄弱なこじつけのせいで、多くの信者が精神的苦痛を余儀なくされているのか…


 謎なのは、この記事は冒頭で、「投票行動」そのものは否定しない、とわざわざ書いていることで。

 法人の理事会が求める信任票や、会衆内の運営委任に関して、一票を投じることは、別に問題ない、と。

 

 いやいや、この記事で持ち出された3つ目の視点で言うなら、そーゆー多数決にも参加すべきではないじゃないの。

 投票により決定した事項や、委任代行者である理事達が罪を犯したら責任もてんから、投票出来ないやん。

 それに、5つ目の原則を当てはめるなら、意見を異にした人に、「はばかりなく」語れなくなるよね。信仰が弱い人たちだから笑


 なんか、聞かれてもいないのに、「ある法人団体の理事会が行う投票」に問題は無い、とわざわざ断りを入れてから、選挙批判を始めるあたりが、もう涙ぐましい。

 ある法人団体とは、暗に、いや、明らかに自分達のエホ教団を指しているのであり。

 あえて最初にそこを保護してからで無いと、自分達の組織運営手法にツッコミが入る事を十分意識しているからこそ、こんな言い訳がましい論理構成になっているのだろう。


 まあ、そもそも、ワシは法人や団体が民主的投票方式で物事を決定するプロセスと選挙を混同して語るつもりはさらさら無いが。

 教団が5つの原則で選挙投票拒否の正当性を訴えるなら、そこにも物申したくなるのが、人情でしょうに。



 それにしても。

 もし信者を啓発するなら、特定の政治的主張を教団内で流布したりしないよう求めるだけで、充分だと思うのだが。

 確かに、極端な思想や政党支持のスタンスを、宗教というフィールドに持ち込むべきでは無い、という考えには大いに賛同するが。

 お得意の「行き過ぎたルール」で、信者の行動の枝葉末節まで束縛しようとするスタンスは、呆れるばかりのパリサイ的行動原理ですね。


 ホンマに、自信がないんだろーなー。

 この人たち。



 日本のように、ある程度成熟した民主主義が行き渡った環境なら、選挙なんて、かなりシステマチックに捉えることも可能だし。

 政治的主張、とまで昇華されていない、生活や環境の改善を望んで一票を託す程度の権利を、世紀の大問題のように取り立てて騒ぐことじゃないだろーに。

 ホンマ、彼らの態度や主張はバカバカしい、に尽きる。



 今日の昼飯は、ムジカフェの、4品デリでした。なんかとっても茶色いチョイスになってしまいましたが😅


 それより驚いたのが、約2年ぶりにきてみたら、値段が1.5倍になってたこと!

 いやいや、給料は上がらないのに、これは厳しいよー。


 って事で、ワシは。

 そんな、ささやかな生活上の不満?を解消すべく、選挙公報をジロジロみながら、誰に投票するかを決めることにしますわ。


 ではでは、皆さん。

 よい一日を✋