「原子力の平和利用」目標を掲げ続けるべきだ | テスト用・コバシンのブログ

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 ♪心やさしい ラララ科学の子 十万馬力だ鉄腕アトム

 子供のころ、モノクロテレビで見たアニメ「鉄腕アトム」の主題歌が、頭の中を駆けめぐっている。福島第1原子力発電所の事故をきっかけとする「脱原発」か「原発推進」かの議論の中で、忘れられている視点がアトムの歌にはあるような気がするからだ。

 手塚治虫原作の「鉄腕アトム」が放映されたのは昭和38年から41年。主題歌の作詞は詩人の谷川俊太郎さんだ。

 高度成長の入り口に生まれた私たちの世代は、ものごころがついたばかりで、かわいいロボットの活躍を無心に応援した。アトムは原子で、お兄さんのコバルトと妹のウランは、放射性物質が名前の由来であることは、のちに知った。当時の大人たちも「原子力の平和利用」をうたったアニメを肯定的に受け入れていたと思う。

 福島原発の事故で、私たちは原子力の脅威と向き合うことになった。反原発や脱原発の立場の人の多くは「原発は事故が起きたときのリスクがあまりにも大きい。原子力を人間が利用しようとすること自体に無理がある」と主張する。

 一方、原発推進の立場はリスクを認めたうえで「産業活動や経済成長のために、安全性を高めて利用すべきだ」とする。

 最近の国会での議論では、民主党も自民党も「将来的には原発へのエネルギー依存から脱していく方向」を打ち出している。民主は「脱原発」、自民は「原発推進」のイメージでみられがちだが、中身はそれほど変わらない。いずれも原発を「必要悪」と今はみなしている。

 今回の原発事故の影響の大きさと深刻さを考えれば、「将来的な脱原発」は自然な流れだとは思う。しかし、原子力を「心やさしい 科学の子」に育てることを、ここで諦めてしまってもいいのだろうか。このままでは、アトムもコバルトもウランも、現実の世界では悪者扱いになってしまう。

 産業活動や経済成長のための電力は太陽光などの自然エネルギーに移行するとしても、「原子力の平和利用」は、人類の大きな目標として日本も掲げ続けるべきだと思う。

 現代社会を支える電気も、平賀源内以前の人々にとっては「目に見えない恐ろしいもの」であったはずだ。太陽から降り注ぐエネルギーも、もとを正せば原子核の反応なのだ。

 世界に目を移すと、ドイツとイタリアは「脱原発」、アメリカ、フランスなどが「原発推進」の立場を鮮明にしている。仮に日本が「脱原発」に加わると、日独伊の3国が同じ方向を向くことになるが、これは単なる偶然ではなく核兵器を持っていないという事情もある。原子力を軍事利用している国は、平和利用の推進でもより重い責任を負う。

 核兵器を保持していない日本は、人類の平和と発展のためだけに、堂々と原子力を利用すればいい。それが唯一の被爆国としての原子力への向き合い方であり、資源小国の国益にもつながる。(論説委員・中本哲也)

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