ブログネタ:思い出深い場所 参加中やはり、自分が育った故郷に、思い出の場所がたくさんあります・・・。
高校を卒業するまでの18年より、今ではここに住んでる年数が逆転してしまいましたが。
今の実家に住む前は、住宅(昔でいう長屋?)に住んでいて、国道45号線からその住宅まで長い坂道があり、
途中には駄菓子屋さん?があって、両親が共働きだったので、毎日テーブルの上に私と妹のおこずかい100円が
置いてあって、そのお金を持ってそのお店に買いに行ってました。
二人で100円だったから、つまり、ひとり50円。
50円で買えるものも当時はあったけど、今日は我慢して、明日100円のアイス買お!!!と、幼いなりにやりくりして
ましたね。
その住宅には、両親と同じくらいの世代の夫婦が多数いて、よって、その子供も私達と同じ年ころの子供たちがた
くさんいました。
私の兄とは5歳違いなので、、兄が筆頭だったかな?それから下がたくさんいて・・。
狭い庭で、かんけりや、かくれんぼ。鬼ごっこ、花の首飾りを作ったり、雪合戦や雪だるまも一緒になって作った
ものです。
ちかくには、丘や沼もあり、みんなで、その丘を段ボールですべったり、そりですべったり、沼では、おたまじゃくし
を見つけたり、その前に、かえるの卵は気持ち悪かった・・・なぁ。
石飛ばしもしたっけ・・・。
それでも、やはり子供が成長するにあたって、手狭になってきたからなのか、一家族、また一家族と、新築した家
に引っ越していき、私たちも、今の実家に引っ越しました。転校も経験しました。
けれども、嬉しいことに、両親がいまでも、その幼馴染の親御さんたちと連絡を取り合っているんです。
だから、帰省した時などに、誰それが結婚した、とか、子供が生まれたとか聞かされるので、そうなんだあと、会え
てはいないけれど、元気でいるんだと、ほっとしたりなんかして・・。
結婚してから、だんな様に、そこで育ったんだよ、と教えたくて、何度か行ってみたりしました。
そしたら・・・・長い坂道だと思っていたのに、そんなでもなかったんです・・・。
その記憶のまんまの長さを想像していたから、通り過ぎてしまうところでした。
車であっという間。
それだけ私たちは、小さかったんだなあ・・・・とあらためて感じたのでした。
今回の震災では、その場所までは、津波はきたのかどうか・・。45号線沿いはひどい有様でしたから。
この場所以外の思い出の場所は、今回の震災で、見る影もなく、変わり果ててしまいました。
だけど。思い出がきえてしまったわけではないので、おぼえていようと思ってます。
震災から、8カ月がたとうとしています・・・。
今でも、行方不明者の捜索が続けられています・・。伯母も見つかりません。
心から、ご冥福を祈ると同時に、原発の終息、復興を願わずにはいられません。