勤務日
先日、病院に行ったときの先生の話を思い出している。
日本は自殺者が先進国の中でも多い。切腹という文化があるからではないかという話。リーマンショックのときに男性の自殺者が一気に増えた。
病気が回復傾向であっても、病気のせいで一時的に悪い方へ引っ張られて衝動的に自殺をしてしまうことがあるということだった。芸能人でも同じような例があったと言われていた。こういうのは動機 が難しいので、だんだん報じられなくなるらしい。竹内結子や三浦春馬が同じような状況だったと先生は言われていた。世の中には妻と同じ症状で苦しんでいる人がいっぱいいるんだと思い知らされた。
やっぱりどうしても、なんで自分の妻が鬱病になって自殺をしないといけないのかという思いが出てしまう。こればかりは運が悪かったということなのか。亡くなるという意味では、交通事故にあってなくなったり、ガンなどの病気になって亡くなるのと同じことなのだと頭では分かっていても、どうしても「どうにかならなかったのか」という思いが消えない。
昨日は夢に妻が出てきた。夢に出てくると悲しい気持ちが増長されるので、朝起きたときに辛い気持ちになる。夢は見ないでぐっすり眠れる方がいいな。
勤務日
今日は普通の勤務日。
妻がいなくて寂しい。寂しいという気持ちと、もういないから自分でなんとかするしかないという気持ちが入り組んでいる。今は夏休みで子どもたちが家にいてくれるから、それで寂しさが紛れている部分もあると思う。
2学期が始まったときに、どういう気持ちになるのか自分でも想像できない。その頃 には少しでも前向きになって、日々の生活を送れていたらよいと思う。
子どもたちがいなくなると、寂しくてやっぱり大人と話をしたくなるのかな。
病院
今日は2週間ぶりの病院。
今の気持ちを素直に先生に話した。前向きになれるときもあるけど、やっぱり自分のせいで死んだんじゃないか、自分が殺してしまったんじゃないかということを素直に話した。
自分が一番後悔しているのは、妻にきつくあたってしまったこと。いつもきつくあたってしまっていたわけではないが、どうしてもそのときの記憶が強く残っている。先生が言うには、「いつもうまくいっている夫婦の方が珍しいから、そういうときもあるのは当たり前」ということだった。たしかに。しかも、妻の鬱病で自分自身のストレスもMAXになっていたのもあったと思う。思い返してみたら、優しく接してあげれていたときもあった。先生の言葉で少し救われた。
他に話したのは、入院させた方が良かったんじゃないかという自分の気持ちに対すること。先生が大学病院に勤めてあったときに、いろんな自殺者を見てきたということだった。コンビニの袋を頭から被って死んだ人、イヤホンのケーブルで首をつった人、乾電池を飲み込んで窒息した人。本当に死にたいと思った人は、そこまでして死ぬのだ。妻の場合も、もうどうやっても止められなかったのかもしれない。その話を聞いて、脳梗塞で死んだりするのと同じように、妻は鬱病で死んだのだと思った。入院させていても死ぬ人は死んでしまうということを先生は言いたかったのだと思う。
最後に先生が言っていたのは、自分の気持ちに折り合いをつけるには、まだまだ時間がかかるということ。やはり焦ってはいけない。毎日をなんとか乗り越えていくことでしか、先は見えないのだと思う。
