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もう2週間前の話だが

友人の結婚式の余興DVD作成中に

ちょっと行き詰ってしまったので気分転換もかねて映画を見に行くことに

前から気になっていたイギリス映画の「Dear フランキー」という作品だ

(公式サイト:http://www.wisepolicy.com/dear_frankie/top.html

内容はまだ見ぬ船乗りの父に向けて手紙を書き続ける耳が不自由な少年

しかしその手紙のあて先は他でもない母親だった

夫のDVから息子を連れて逃げ出した母

息子に本当のことが言えず偽って父親として手紙をやり取りし続ける母

そこに父が乗っていると信じている船が寄港することになって…



大体こんな話

感想をいうと描写がとても細かくいろいろなシーンでジーンと感じるものがあった

少年の気持ち、母親の気持ちが画面を通して伝わってくる感じで

なにかヅキヅキ切なくなったり、微笑ましくなったり

見終わった後、ずっと笑顔になれた

あと、やっぱり「手紙」というツールがこの気持ちよさを生んでいるんだよね

イギリス映画は時々こういう作品が出てくるから侮りがたし!

ラストはやっぱりホロリで僕的に90点といったところかな

10点分は全体的な盛り上がりにどうしてもかけてしまう部分があったので



しかし僕にとっての「手紙」というツールを使った話で

最強なのは「天国からのラブレター」と言う話

しかも実話!

以下に華麗に無断転載

泣こうぜ!



 1980年4月、イリノイ州の郊外で、癌患者の子供たちを集めてキャンプが行われていた。毎日闘病を続け、疲れていた子供たちのために家族が集まって催したものだった。
 母リンダ・ブレムナーと息子アンディー(当時7才)もそんな悩みを持つ親子だった。アンディーはその1年前にリンパ腺に癌が発見され、入院して治療が続けられていた。彼は長い入院生活で、周囲に忘れられていくことを恐れていた。アンディーの父親は生まれて間もなく交通事故で他界、母親の存在だけが自分が生きていることを実感させてくれた。

 ある日医師はリンダに、今週中にアンディーを退院させようと思っていると伝えた。喜ぶリンダに、医師はつらそうに言った。「決して彼の容態が良いから退院させるのではありません。これ以上治療を続けても改善の見込みが立たないのです。しかし、環境の変化で良くなった例は世界中でいくつもあります。最後の望みなんです」。リンダは現実を知って悲しんだ。
 リンダは笑顔を作り、アンディーに「グッドニュースよ。今週中に退院してもいいって!」と言うと、アンディーは「家に帰っても何も変わらないよ」と悲しげに言った。

 数日後、リンダは複雑な思いで住み慣れた家にアンディーと戻ってきた。リンダは、家での療養に小さな望みをかけていた。
 家につくと、アンディーのおじさんやおばさんが彼の帰りを待っていた。口々におめでとうと言われても、アンディーは浮かない表情のままだった。一人の女性が「これ、今日ここに来られなかったお友達からの手紙よ」と手紙の束をアンディーに手渡した。アンディーは「ありがとう、部屋で読んでくる」と言って、静かに一人で部屋に行ってしまった。もう1年近くアンディーの顔から笑顔は消えていた。

 部屋でアンディーは手紙を開けた。そこには早く良くなって一緒にまた遊ぼう、アンディーがいなくて学校は寂しいよ、という励ましの言葉があふれていた。
 アンディーはその手紙を持って母親たちのいる部屋へ行った。「みんな、僕がいなくて寂しいって!!」と笑いながら話した。彼はみんなが自分を忘れていなかったことを知って本当に嬉しかった。
 しかし、数ヶ月もすると、手紙の数もだんだん減っていった。アンディーの顔からも笑顔が消え、部屋に閉じこもるようになってしまった。

 アンディーは暗い顔で「みんなに忘れられたまま僕は死んでいくんだ」などと言うこともあった。リンダはアンディーの友達に頼んで手紙を書いてもらったりもした。しかし、そんなものはその場しのぎでしかなかった。そこでリンダは考えた。
 「秘密の友達」という名で、リンダはアンディーに手紙を書くことにしたのだ。本当のことがわかってしまったら、かえってアンディーを傷つけてしまうかもしれない、そう思いながらも何もせずにはいられなかった。しかしアンディーは、手紙を読んで喜んでくれたのだ。自分の知らない誰かが自分のことを知っていてくれる!

 それからリンダは一日も欠かすことなくアンディーに手紙を書き続けた。ブレムナー家には笑顔の絶えない日々が続いた。
 しかし、癌細胞は若いアンディーの体を確実に蝕んでいた。アンディーは大量の吐血をし病院に運ばれた。「本当に残念です。しかし、退院して3年、今まで生きてこられたのは奇跡です。よほど家での療養が良かったのでしょう」医師はそう言った。
 1984年8月、アンディーは母リンダの腕の中でその短い生涯を終えた。アンディーは最後まで笑顔だったという。

 リンダはアンディーが亡くなって1ヶ月ほど、何もする気が起こらず、一日の大半をアンディーの部屋で過ごした。ある晩、リンダはアンディーがもらった手紙を見ている時、その中にアンディーが書いた一枚の手紙を見つけた。
 「親愛なる秘密の友達へ。いつも僕を勇気づけてくれてありがとう。P.S.ママ、愛してるよ アンディー」
 アンディーは秘密の友達がリンダだったことを知っていたのだ。これから何をしたらよいかわからなかったリンダは、アンディーに教えられた気がして、翌日から再び秘密の友達として、アンディーと同じ境遇の子供たちに手紙を書き始めた。

 始めはアンディーと一緒にキャンプに参加した子供たちに手紙は書かれた。すると、子供たちに笑顔が戻ったと、親たちから感謝の手紙と、手伝いたいという手紙が殺到した。
 その数は増え、今ではボランティア団体「ラブレター」として難病に苦しむ子供たちに手紙を書き続けている。
 確かに手紙の力だけでは難病は治せない。それでも子供たちの笑顔のために、リンダたちは今日も手紙を書き続けるのである。