5月30日



腕時計をみれば4時15分。十分に睡眠を取れた。気持ちのいいベッドのなかでまどろんでいると、4時半にドアがノックされる。けっこう情け容赦ないモーニングコールだ。この世での仕事を終えて墓場で眠りについたゾンビーたちでも目を覚ましそうな容赦のなさだった。朝食はまた、昨夜と同じ食堂のまえで待っていて、時間とともにドアが開けられ、名前を告げて席を指定される。大き目の皿に、それぞれ並べられたトーストとスクランブルエッグと缶詰のプラム、ポテトと脂身たっぷりのベーコンを自分の取り皿に好きなだけ盛る。今日一日、昼食はスナックのみでキャニオンを登りきるために、厚くて大きいベーコンを2切れ、食べた。これだけで200カロリーありそう。


南カリフォルニア ~海風を感じてすごす日々~-朝日のキャニオン



5時50分。もうすっかり明るくなった。腹ごしらえも水の準備もトイレも全部済ませて、昨日からの友人たちにも挨拶して、出発した。はるか遠く、谷間の上の淵が朝日に光っている。



コロラド川にかかるもう一本の橋、シルバーブリッジを渡って川の南側の道を歩く。緑色の川面が白く泡立つのは流れが急な場所か、川の音が大きくなる。


南カリフォルニア ~海風を感じてすごす日々~-コロラド川



すがすがしい川沿いのハイキングが1時間続いて、そしてコロラド川に流れ込む渓流沿いに、道は登りになった。





ブライトエンジェルトレールBright Angel Trail


南カリフォルニア ~海風を感じてすごす日々~-看板



明るい天使の道。ブライトエンジェルの名前は、昔このコロラド川に来た探検隊が、川の水が赤く濁っているために飲むことができず苦労している時に、そこに流れ込む清流を見つけて、これをブライトエンジェル、と命名したことによる。と、途中の標識に書いてあった。ブライトエンジェルトレールを帰路にしたのは、サウスリムから続くこの道沿いには水の補給地点が3箇所あることを知っていたから。そうでなければ一日の登りで4リッターは飲む水を下から持って上がらなければならない。



南カリフォルニア ~海風を感じてすごす日々~-ラバの隊列



朝早い時間なのに、道を降りてくるラバの隊列に出会った。荷物を積んで、ファントムランチに向かっているのだろう。


南カリフォルニア ~海風を感じてすごす日々~-滝



新緑の谷に吹く風は汗を乾かし、小川に浸した帽子をかぶってリフレッシュしながら登る。急に風景が岩と砂の赤い色に染まり、つづら折の上り坂になる。息が切れるころ、また渓流にであうとホッとする。2時間ほど登った午前9時にインディアンガーデンに着いた。水を補給してスナックを食べて木陰のベンチで寝転がれば、木漏れ陽りの向こうに青空が広がっている。谷の上は遥かかなたに見える。45分休憩した後に出発した。


南カリフォルニア ~海風を感じてすごす日々~-新緑



このインディアンガーデンは登りも緩やかで、一面の緑に色さまざまな花が咲いていた。行き交う人も少なく、ピクニック気分。そしてここから本格的な登りが始まった。道を折り返すたびに自分の位置が高くなり、だんだんと遠くの景色が見えるようになる。広さと遠さに高さが加わる。そこから上を見上げるとずいぶんと先が長そうだけど、これまでの来た道を見下ろすととても励ましになる。歩き続けるのってすごい。




南カリフォルニア ~海風を感じてすごす日々~-グランドキャニオン


標高をあげるにしたがって、人が増えてくる。日帰りのハイカー、というか観光の人たちだ。スニーカーだったり、飲み物を持ってなかったり。



もともとハイカーの数は多くないし、休んでいると抜かれて、歩いていると休んでいるハイカーに声をかけたりで、すぐに顔見知りになる。同期の桜、合宿仲間、そんな気分になる。そして下から歩いてきたというプライド、観光の皆さんとは違うんだ、という見栄もあって、本当はかなり疲れ切っていてしんどいのに、みんな元気なフリをしている。そんな風に見える。登るほどに傾斜がキツクなる、あるいは疲れてそう感じてるのに、前から人が来ると姿勢を正して大またになる。人影が絶えると日陰でへたりこむ。これの繰り返し。



そしてファントムランチを出てから約8時間で、サウスリムにたどり着いた。リムはまさに人波であふれ、途中でレンジャーに聞いて、楽しみにしていたアイスクリーム屋は、長蛇の列を見ただけであきらめた。全身で自然を感じてきて、その余韻を残したままにしたかったので、最後にグランドキャニオンの風景をしっかりと見てから、駐車場にとめてある車に向かった。



南カリフォルニア ~海風を感じてすごす日々~-Grand Canyon



いつもの生活からまったく切り離された2日間を、キャニオンの歴史の重さと、ほてった体を抜ける風、やさしい川の音とともに過ごすことができた。そしてここから見える、あの遠い道のりを、コロラド川から登ってきたんだという事実は、景色をこれまでとはまったく別の印象に変えていることに、そのとき気がついた。