TOEICと就職面接とマラソン五輪代表選考 | 死ぬまでニートのススメ

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今や、誰でもご存知のTOEIC。

ただ、「TOEIC」が何の意味か?(何の略称か?)、
と聞かれると、

大抵、
「ナンだっけ?」
「忘れた」

といった答えになる。

まあ、どうでもいいっちゃあ、どうでもいいんだけど、

Test of English for International Communication

というわけだ。


でもね…

インターナショナル・コミュニケーションのテストとか言ってるけど、

実際にTOEIC熱が盛んなのは、
日本と韓国だけ

らしいよね…


日本と韓国だけがモノサシにしている「国際的意思伝達手段の試験」
というのがナンボのものか?

ちょっと、気にかかるところではある。


実際、TOEICと実践英語は別物、
とみんな分かっているフシがある。

にも関わらず、
「TOEIC700点以上」
みたいな基準が設けられる。

その一方で、
「面接ではコミュニケーション能力が試される」
というのがある。


この「コミュニケーション能力」なるものも、
いい加減なものだが、

英語でのコミュニケーション能力こそ、
面接で試せばいいものを、
わざわざ面接で
「TOEICは何点くらいですか?」

などと聞く。


「英語のコミュニケーション能力テストは何点くらいですか?」
と質問することで、
日本語でのコミュニケーション能力を試している、
ということなら、一応つじつまは合うが、
多分、質問する側もいい加減で、
およそ問題意識などない人間が、
何となく惰性で質問しているんだろうな。

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モノサシ論で行くと、その真逆にあるのが、
マラソン五輪選手選考だろう。

あれは、逆に、
「本番で誰なら勝てるか?」
という、一見、本質論を直視した議論のようにも思える。

だが、
そもそも、
勝負事で、勝負の結果について、
議論して結論を出そうとすること自体が本質から外れている、
と言わざるをえないだろう。
(議論して結論が出るなら、そもそも本番なんて不要)

こういうものこそ、
形式的基準を徹底的に設けておき、
この場合はこう、
その場合はああ、
と決めておくべきで、
そうでないと、いつまでたっても・・・

・・・と思われる。


まだまだ、世の中は、本質論から外れたところで動いているようなので、
オイラも当面、ニートでいることにする。


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