私が音楽に本格的な興味を持ったのは、中学生の頃のラジオに始まる。
その当時、私の故郷では民放のAM局とFM局はNHKしか無く洋楽ばかり聞いていた。
AMだとFENとか、FMはNHKのリクエスト番組だった。
オーディオは木製のドデカイ奴が家の居間に鎮座していて、スピーカーは3chと言って、右、左、
中央の配置でレコードプレイヤー、ラジオチューナーだけで、録音できるような機器は付いて無
かった。
なので、ラジオ番組の音楽を録音する時はラジカセに頼るしかない。
しかしレコードの音源を録音しようと思ったら一大事なことになる。
オーディオにもラジカセにも録音する時に繋ぐケーブルの差込口などある訳なく、オーディオの
真正面にラジカセを置き、スピーカーから出てくる音をラジカセのマイクで拾うという原始的な
録音方法だった。
しかもマイクで音を拾うので余計な音を立てないように細心の注意を払わねばならなかった。
人の話し声や、電話の音、家の外の騒音などなど。
録音中に余計な音が入ると、最初からやり直しだ。
高校生になってからようやく今のような本格的なオーディオに親が買い替えてくれた。
当時で30万位した。
それまで聞いていた音との違いに驚いた記憶がある。
お小遣いで買えるレコードも月に1枚しか買えなかったので、FMの音楽番組をしょっちゅう録音
していた。
エアーチェックの始まりである。
それも番組宛にリクエスト葉書を書き、自分のリクエスト曲がかかるのを待ち構えていた。
番組で自分の名前を読まれるのが恥ずかしくて、ペンネームを使い友人と競って数えきれない程
出していた。
その時からカセットテープに自分の好きな曲を編集して録音していた。
その当時、私は地元でサーファーをしていたので、邦楽だとニューミュージック系の山下達郎、
ユーミン、大瀧詠一、ブレッド&バター等、洋楽だとカラパナ、セシリオ&カポノやAOR系ボズ、
エアー・サプライ、クリストファー・クロス、ボビー・コールドウェル等。
ママチャリの籠にラジカセをブッ込んで、自分で編集したカセットを聴きながらサーフボードを
脇に抱え海まで通ってた。
それからフュージョンに目覚め、NHK FMの23:15から始まるクロスオーバーイレブンが愛聴番組
になる。
その番組の選曲構成が今の私がDJをする時の基礎になっている。
大学に入って東京に来てからが、今までの音楽に対する環境が激変することになる。
先ず、バイトして自分専用のオーディオを購入。(各機器別メーカーの物)
FM放送局の増加。(FM東京だけだが)
故郷には無かったレンタルレコード店の存在。(多く買わずに済む)
タイマーの導入。(不在録音ができる)
それからというもの、自分の生活は音楽中心に廻り始める。
今までUSAの俗に言うBillboard系を聴いてたのだが、初めてUKの音楽に触れ始めた時の衝撃は
忘れられない。
パンク、ニューウェーブの頃だ。
いつしかファッションも影響されてくる。
今思うと恥ずかし過ぎる格好を平然としていた。
私は大学には殆ど行かずバイトに明け暮れ、終わって帰宅する途中にあるレンタルレコード店に
寄っては片っ端から借りまくっていた。
家に帰りそれをカセットに録音する。
目ぼしいモノが無くなると新たな店を探しての繰り返しだ。
膨大な情報量や未知の世界を知るに当たり、先ず掛かったのがジャケ買いというトラップだ。
ジャケットに記載されている僅かな情報を読み取り購入に値するか判断する訳だが、記載のない
ものをどうやって判断するかだ。
それはもうジャケットのデザインやアートワークから音楽性を妄想するしか無く、一か八かの大
勝負に買って出るしかない。
外れた時のショックは大きいが、大当たりの時は『俺が見つけたぞ!』とまるで大航海時代のコ
ロンブスが新大陸を発見した時の様な感覚だ。
それを重ねていくと、ある発見をする。
レコードにはレーベルというのがあって、そのレーベルによって音楽の統一性が見えてくる。
今度はそれを頼りに探し求めるという新たな旅が始まる。
第二部につづく