さて、1日目の続きです。
今日はスピリチュアル色が濃くなります(笑)m(_ _)m

15年ほど前にヨガを始めた時にナディの通る体験をしたことで、何かこれ(ヨガ)は良いものだと実感され、ベリーダンスを始めるところまで書きました。
 
 
ヨガする場合にも色々な目的や恩恵があるのですが、その中に姿勢を正すことでナディの通りが良くなるというのもあります。身体を整えることで目に見えないナディを通る気(プラーナ)が整うということなんですね。

昨日のブログで身体の姿勢を整えて中心の縦ラインが整うと、心もリラックスが深まり落ち着いてくると書きました。
 
私の感じるのは、身体を整えると心が整い(その逆もあります 心が整うことで身体も整う)、実は見えないエネルギーが整うことを伴っている
ということです。
(これにはより深い洞察があるのですが、ここでは省略します。)
 
気がかりな事・悩み事があっても暗くならないような心の在り方は。それは気持ち次第でどうにでもなったりします。
気持ちひとつで、仮に好きな人から連絡がこない。。という時でも
忙しいんだな♪で済ませられる心持ちのような。
 
」ということばがここにも現れましたが。
先ほどの例の好きな人から連絡がこない状況で自信を失っている場合、その時に背中が丸まっていることが多くあるかと思います。なんとなく元気がなさそうに感じることもあるかもしれません。
 
背筋が伸びていないのは、ナディを通る気の流れが良くないはずです。
「気持ち」という意味にはそこまでの意味が含まれている、というのは仮説ですが、
身体に気がみなぎっている時は、その人が生き生きと輝いて見えるし、何があってもわりとどうにかなってしまうものです。

前置きが長くなってしまいましたが。
 
ベリーダンスを習い始めて、私はまさにヨガのような効果を感じていて、
さらに変化が加速されるような感覚でした。
楽しく踊りながら立ち姿や身のこなしが軽やかに美しくなり。身体が柔らかくなって関節の可動範囲が広がるほどに心も自由になり、大げさに聞こえるかもしれませんが人生の楽しみが増えて行きました。

のちに横森式ベリーダンス健康法に出逢い、自分の体感との答え合わせをすることになるのですが、

丹田を中心として腰でサークルやインフィニティ(無限大)を描いたり、その他身体の各部位を滑らかに動かしたり、細かく震わせたり、仙骨・尾骨あたりに刺激の入る動き。

そうしたベリーダンス特有の動きだったりパフォーマンスすることが身体・心・魂の変容を促しているということ(魂に関しては私の仮説ですが)を11年かけて体感して来ました。
 
実際に、ヨガの特定の修行法を本当に何気なくしてみたために、最初のクンダリーニ・エネルギーの上昇がベリーダンスを始めてそう経たないうちに起こったので、
(その後何度も上昇しそのクンダのエネルギーが下降し収まるところまで行くのですが)

この自分の経験は、ベリーダンスを通してもなにがしかのスピリチュアルな成長が起こる可能性を検証するひとつのサンプルと捉え、今後も見つめていこうと思っています。

それでは続きは最終日の投稿であじさい


※クンダリーニとは、ウィキペディアによると…人体内に存在する根源的生命エネルギー。宇宙に遍満する根源的エネルギーであるプラーナの、人体内における名称であり、シャクティとも呼ばれる

 
※このクンダリーニの上昇はヨガの世界では、教師が付いている環境で導かないと危険なもの、とされています。私もその時その危険性のありそうなことは十分気付き、それ以降は行わないようにしました。私はその後速やかにインド・ヒマラヤで本格的にヨガを修行した師匠と出逢い、その道の知人も何人もでき、自分に起こったこと、そして問題ない状態であることが確認できています。決してご自分ひとりでクンダリーニの上昇や、覚醒を目指さないようにお願いいたします。

 
愛 恩寵 調和
更葉☆

写真は夏至前日の太陽。
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